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葉璃を心配したルイが突然やって来たかと思えば、状況を把握していくうちにだんだんと表情が変わり始め、しまいには楽屋の外にも轟くような雄叫びを発した。
その場に居られなかった悔しさを抑えきれないらしいが、彼の声もよく通るため非常にうるさい。
「あっ!!」
片耳を塞いだセナに向かって、さらにルイは大声を上げる。
「今度はなんだよ」
「あっちはどうなったんすか! ハルポンが居らん時、なんやアイをとっ捕まえるみたいな話してましたやん!」
「ああ……」
聖南達がドームへ向かう際、どうにかしてこちらに居たい、協力させてくれと必死の形相を浮かべていたルイだが、聖南はそれを良しとしなかった。
葉璃の付き人に加えETOILEの加入が本決まりとなり、今年いっぱいでCROWNのバックダンサーを下りるルイには、これ以上目立つ行動をさせられないという思いからだ。
才能は二の次で、オーディションの最中でも平気で足を引っ張る輩が居るような世界である。
バックダンサーの面々を信じていないわけではないが、誰しもが仏の心を持ち合わせているとは限らない。
今回の件もまさに〝嫉妬〟という感情が元凶で、聖南はそれが恋愛間以外でここまで事態が大きくなるものだとは正直思いもよらなかった。
業界では珍しくない蹴落とし合いの根底には、往々にして嫉妬の感情がある。アイのように、容易く人に向けてはならない憎悪に変わる場合もある。
才能にも運にも恵まれたルイがその対象になってしまえば、当人だけでなく間接的に葉璃までも傷付く事になる。
様々な事由を加味して避けたかったものを、葉璃を心配するあまりここへやって来たルイの行動で、聖南のささやかな気遣いがふいになるかもしれない。
参ったな……と心中で苦笑を浮かべると、実際の聖南の顔にもそれが表れていた。
「どうなんすか! 捕まえられたんすかっ?」
「ん、春香の影武者で釣れたよ。無事とっ捕まえて、林と成田と……あと大塚の顧問弁護士とスタッフが同行してLily全員をホテルに連れて行ってるはずだ」
「おぉ!? マジっすか!?」
「興奮し過ぎ。声落とせ」
「すんません!!」
「うるせぇっつの」
「すんませんっ」
作戦の成功を喜んでくれるのはいいが、そこまで大声を出さなくても聞こえる。
咎めても興奮冷めやらぬ様子のルイも功労者である事に変わりないので、聖南は一通り現状の説明をしてやった。
やつれたアイを前に、メンバーらはどんな反応をするだろうと構えていた聖南の予想は当たった。
限られた時間の中で交わす会話に何かを期待していたのは、アイただ一人だけ。
聖南の思惑通り、標的を変えた彼女の憎しみは、あの言い争いで再び葉璃からメンバー達へと移った。
見るに耐えない言い合いの最中、瞳を潤ませ、頬を真っ赤にした葉璃が計ったように爆発したのは、成り行きとはいえ出来過ぎているが……。
「──うーわ、またハルポンがキレたんすか……!」
「うんうん。めちゃくちゃイライラしてたよね、ハル君」
「体調悪いうえにあんな高い声でキーキー言い合いされてりゃ、ハルじゃなくてもイラつくわな」
「ぶっちゃけ、葉璃が爆発してくれて良かったよ。俺が出しゃばったらもっと話がややこしくなってた」
「まぁね。セナがあそこでキレてたら、違う事件になっちゃってたかもだし?」
「ハルは今まで我慢してた分があるからな。あんだけキレてもまだ足んねぇよ」
「そうだね〜。ハル君はキレ足りないよね」
すべてを目撃していたアキラとケイタは、葉璃がいかに具合が悪そうにしていたか、どんな言葉で爆発したのかを知りたがるルイに代わる代わる補足してくれた。
それを神妙に、身を乗り出してまで真剣に聞いているルイは、葉璃の付き人となって早半年。
その間、彼自身にはとても悲しい転機があった。それを支えた葉璃は、おそらくルイの中でとてつもなく大きな存在になっている。
聖南は少々複雑な心境下で、前のめりで話を聞くルイの横顔を見ていた。
「──そんじゃあ……あとは社長の出番て感じ?」
「そういう事になるな。今頃、うちの弁護士が粗方説明しとるだろうが」
ルイが問うと、間髪入れずに頷いて答えた社長に聖南もやや驚き、「へぇ」と呟いて腕を組む。
昨日から心身共に忙しない聖南は、社長が掴んだというSHDエンターテイメントの今後を左右する内部事情の概要を、ほとんど知らない。
それについては、聖南が動けるCROWNの出番終わりまで温めておくつもりなのだろうと思っていた。
先にホテルへと移動したスタッフらと行動を共にするはずの社長が、何故かいつまでもここに滞在しているからだ。
「なんだ、もうやっちゃってんだ。ホテルで?」
「ああ、もちろん。時間をかけてもしょうがない。こちらサイドを引っ掻き回してくれた礼はせんとな。……しかし非常に悔やまれる。私はセナに一生をかけて償うべき失態を演じてしまった……」
「またそれ言ってんの? そろそろ耳タコ」
皆まで言うなと、聖南は白い手袋を嵌めた両手で耳を塞いだ。
社長が例の諍いをひどく後悔しているのは分かるが、会えば必ず終着点はこの話なのでそろそろうんざりしてきた。
仲違いしたのは確かで、ひどく傷付いた事も本当だけれど、「もういい」と本人が言っているのだからわざわざ思い出させるような真似はしてほしくない。
ただ、社長がこれほどしつこく謝罪してくるのは、聖南が本当にそれを受け取ったかどうかが分からないからなのだろう。
とはいえ聖南も、これまで血縁にその対象が居なかったせいで気持ちの切り替えが難しく、周囲には理解し難い、本来の〝仲直り〟とは違った様相を見せている。
実の子どもを授からなかった社長も同様で、聖南という息子同然の人間に対する詫びの仕方がまるで分かっていない。
アキラ、ケイタ、恭也、ルイの四人が見つめるなか、今日も社長からの謝罪を受け取らない聖南はあからさまに顔を歪めた。
「もういいって言ってんじゃん。いい加減しつこい」
「すまない……頻度は少なめにする。しかしまだ謝罪し足りな……」
「言ったそばからうるせぇな。頻度少なめにするんだろっ」
「ああ、すまない。しかしセナ、……」
「もう〜マジうるせぇ〜。頑固オヤジには付き合ってらんねぇ〜。俺着替えるわ〜」
話が通じない相手と会話するのは、疲れるだけだ。
手袋を外しながら、聖南は濃い苦笑を浮かべたままパーテーションの裏へ歩む。
羞恥心など無いのでその場で着替えても良かったのだが、妙な感情に襲われていて皆に姿を晒していられなかった。
──はぁ、何だよもう……。
切り札を突きつける重要な用件があるとはいえ、普段は収録等に顔を出さない社長がCROWNの本番終わりまで楽屋に居座りそうなのだ。
贖罪の気持ちを伝えるにしては、戸惑いを覚えるほど不器用過ぎる。
〝セナ〟としての衣装に着替えながら、ふと耳に残った詞を思い出した。
──そういや、さっき恭也が歌ってた歌詞にあったな……。
〝一度培った絆は、どんなに衝突しようとも壊れない。失ってもいいと思えたなら、それは偽り〟
淡々と着替えを済ませ、ネクタイを締めていた聖南の手が止まる。
恭也やルイが葉璃に向ける友情も、社長が聖南に感じている情も、聖南が葉璃に与え続けている愛情も、形は異なるがそれぞれ失ってはならないもの。
信頼していた社長から突き放された時、聖南の心に湧いたのは怒りよりも悲しみが先立った。
十代の頃、初めてアキラと言い争った時も今回と似たような気まずさが尾を引いたけれど、彼の根底にある聖南への思いに気付くなり不思議と仲は深まっていった。
人と衝突するのが好きな者など居ない。もちろん聖南もそうだ。
しかし、ぶつからなければ分かり合えない事もある。
信頼関係の厚みは培ってきた年数では計れず、互いがいかに重要な存在であるかを示す〝絆の深さ〟がその指標となる。
葉璃がことあるごとに聖南を羨むのも、おそらくそういう事なのだ。
〝CROWNは、すべてにおいて完璧なんです。聖南さん達みたいな絆が羨ましい。ETOILEもそんな風になれますかね?〟
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