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♡ 葉璃 ♡ 「──葉璃」 「──葉璃〜」  車の中で落ちた俺はそのまま夢も見ないで眠って、約一時間後。  病院のベッドの上で目が覚めた。  少しだけ目覚めるのが怖かったけど、体が熱いとかはなくて、一番嫌いな頭痛もなかった。だるさだけが残ってるって感じ。  ちょうど佐々木さんと春香が起こしてくれようとしたところだったらしく、目を開けたら両サイドから二人が俺を覗き込んできていてビックリした。  それから、春香が俺の体温を測ってる間に、佐々木さんはテレビをつけてベッドの方に向けてくれた。  もちろん選局は、生放送中のクリスマス特番。  二人が俺を起こそうとしてくれたのと、俺が目を覚ましたタイミングはまさにバッチリで、CROWNの勇姿を見逃さなくて済んだ。  車内で観た軍服聖南は、スーツ聖南に変わってた。髪型も、ほんのちょっと施されたメイクも、ETOILEでの出番とは違ってた。  他のどのアーティストさんより長い尺で三曲を披露した三人は、会場内を縦横無尽に動き回って、テレビ画面を通してでもその熱狂ぶりが伝わってきて心が熱くなった。  三曲目の終盤には、またもや泣いてた俺だ。  だって……聖南も、アキラさんも、ケイタさんも、〝ハル〟って何回も言ってくれてたんだもん。最後の最後には、〝早く元気になれ〟ってカメラ越しに温かいメッセージまでくれて……。  CROWNの出番なんだから、俺の名前なんか出さなくて良かったんだ。あの場に居たお客さんだって、〝ハルのことはもういいよ〟と思ってたに違いない。  それくらい、三人のお兄さん達は隙あらば俺の名前を呼んでくれていた。  ……泣かないはずない。 「──俺にはとても、こんなやり方は思い付かない」 「…………」  〝こんなやり方〟……?  ベッド脇に椅子を持ってきて、一緒にCROWNの出番を観ていた佐々木さんが神妙な顔で腕を組んだ。  その隣の春香も、あんまり見た事ない真剣な表情で「うんうん」と頷いている。 「Lilyは今頃打ちのめされてるんじゃない? 葉璃にした事、少しは後悔してくれてるといいけど」 「…………」  〝Lilyが打ちのめされる〟……?  春香にもよく分からないことを言われて、俺はポカンとしてるしかなかった。  なんで、CROWNの出番を観てLilyのメンバー達が打ちのめされるの? 人気の差で言ったらCROWNとLilyは……申し訳ないけど比べようもないんじゃ……。  的外れなことを思って呆けてた俺を見た佐々木さんが、眼鏡をクイッと上げて瞳を光らせた。 「どちらに転んでも復讐になってたんだもんな。今日葉璃が出演しようがしまいが、結果彼女たちに一泡吹かせる事が出来てたんだ。あっぱれとしか言いようが無い」 「うんうん、うんうん。そうですよね」 「…………」  えぇ? どういう事? 春香もすごく頷いてるけど……。  俺は春香から、お水が入ったプラスチック製のコップを受け取って考えてみた。  佐々木さんは〝復讐〟って言い方してたよね。俺が出演してもしなくても……一泡吹かせる事が出来た……って。  聖南は正攻法でLilyを干す、なんて言ってたけど、それと関係あるの? 「葉璃、もしかして私達が言ってること分かってないの? 当事者なのに?」 「えっ? あ、いや……それは……!」  ここで分かんないって言うと、鈍感だってことを自分で露呈してしまいそうで、俺は咄嗟に誤魔化そうとした。 「よく考えてみろ。葉璃がここにいる原因を」 「えぇ……っ?」  俺の誤魔化しは、下手くそなウソと同じで誰にも通用しない。  焦った俺を見てクスクス笑う春香を窘めつつ、佐々木さんは当然のようにヒントをくれた。  俺がここにいる原因って言ったって、そんなの……昨日色々あったから、だよね。  人のせいにはしたくないけど、まだズキッと痛むおでこのたんこぶが〝色々〟を忘れさせてくれない。  その邪魔が入らなきゃ、今日俺は普通に出演出来てたと思うと悔しさが再燃しちゃうから、あんまり考えないでいたのにな。  こんなことになった原因は、Lilyのメンバー達が俺に向けた悪意。妬みとかそういうものが大きくなって、俺の存在が許せなくなって、俺なんか大怪我すればいいって、普通は考えもつかないような恐ろしいことを実行されてしまった。  現に俺は、ETOILEの出番をキャンセルせざるを得なくなって悔しい思いをしてる。みんなの目的は果たせたって事になっちゃうじゃん。  でも佐々木さんも春香も、復讐は成功したって言いたそうだ。  ……何が成功したっていうの?  俺が出演しても、しなくても、……成功、……? 「まーだ分かんないの?」 「あ、……うぅっ……」 「こら、春香。葉璃は病人なあげく寝起きなんだ。頭が回らないだけだよな?」 「そ、そうです、はい。……はい」 「あははっ……! ほんとかなぁ」 「うっ……」  春香がいつもの調子で、俺を揶揄ってくる。  佐々木さんはそれに、いつもの調子でフォローを入れてくれる。  二人が俺よりも晴れ晴れとした表情をしているのは、聖南が仕掛けた何かがほんとに成功したって事なんだ。  アイさんがあの場に居た事とか、風助さんと呼ばれてた強面の人が協力してくれたりとか、恭也が少しも狼狽えないでETOILEを守ってくれたりとか……俺の知らないところで色んな何かが動いてたんだから、いくら考えたって分かるわけなかった。 「いいか、葉璃が出演してればそれだけでLilyには屈しない姿勢を見せられていた。今日は残念ながら出演出来なかったが、急遽セナさんがピンチヒッターになる事でこれ以上無い先輩後輩間の仲の良さを見せつけられた。予定には無かった恭也のソロも、CROWNの出番で葉璃にエールを送っていたアキラさんとケイタさんも然りだ。Lilyには無い〝絆〟ってものが、君達にはしっかりと根付いている。どちらにしても、葉璃を蹴落とそうとしていた彼女らには有効だったという事だ」 「……あ、……それで、ですか……」  CROWNの次の出番のアーティストさんには興味が無いとばかりに、リモコンでテレビを消してしまった佐々木さんが静かに、ゆっくりとした口調で正解を教えてくれた。  佐々木さんの答えに、俺は目から鱗だった。  出演する事でしか復讐は成し得ないと思ってたけど、俺が出演しなくてもそんな方法で仕返し出来ていたなんて全然気が付かなかった。  出番に穴を開けた悔しさが薄れてしまうくらい、涙が出ちゃうほど嬉しかったそれらが、メンバー達の心を動かせたのか……それは分からない。  ただ、聖南が〝正攻法で干す〟と言った言葉に嘘は無かったんだって知ると、またまた鼻の奥がツンとしてきた。  聖南は、持てる権力をすべて使って一つのアイドルグループを潰すつもりなのかもしれないってビクビクしてたから……。  温かくて強い〝絆〟を見せる事が正攻法だって言うのなら、俺は聖南やみんなに、もっともっと感謝を伝えなくちゃいけない。  「迷惑かけてごめんなさい」じゃなくて、たくさんの「ありがとうございます」を……! 「……葉璃? なーに顔赤くしちゃってんのー?」 「い、いや俺は別に……っ」 「そりゃ惚れ直すよな。昨日の今日でこんだけの人を動かして、葉璃を全力で守ったんだ。しかも復讐まで成し遂げた。セナさんの事だから、「当たり前のことをしただけ」とか何とか言ってカッコつけるんだろ、どうせ。……チッ」 「佐々木さん、今……舌打ちしました?」 「したけど見逃して。悔しいんだよ、俺は。どう足掻いてもあの人には勝てないから」 「…………」  何に勝つんですか? という疑問は置いといて、顔が熱くなってきた俺はずっと握ってたコップの水をグイッと一気に飲み干した。  聖南の話をしていると、会いたくなって困っちゃうな……。 「……聖南さん……」  俺はつい、二人の前で大好きな人の名前を呟いてしまっていた。  自慢の恋人は今、二回も五万人を熱狂させたあと……山積みの問題をどんな顔で、言葉で、解決しようとしてるのかな。  今こそ気配を消して、俺もその場に居たかった。

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