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♡ 葉璃 ♡
業界でいうテッペン間近まで、アキラさん、ケイタさん、恭也は病室に居てくれた。
そろそろ帰らないとマズイって聖南が言い出すまで、時間なんか気にならないくらい楽しいひとときを過ごせた。
トップアイドル達が、外に漏れ聞こえるのを気にして出来るだけ小声で会話してたのを見てるだけで、元気をもらえた。
優しくて頼もしいお兄さん達と、穏やかで愛情深い親友と、俺の手を握ったまま離さない甘々な恋人との強い絆を、感じずにはいられなかった。
「聖南さん、……あの……」
「ん?」
「あっ、いえ、なんでも……」
アキラさん達を見送った聖南も、「マズイ」と言ってたからにはみんなと同じように帰ってしまうと思ってたんだけど、いつまで経っても俺の手を離さない。
話しかけたから当然、見つめられる。
聖南の薄茶色の瞳は、熱がこもればこもるだけ俺は視線を逸らせなくなる。
今日は帰っちゃいますか?
それともここに居てくれますか?
そう聞きたくても、聞けなかった。
今日、俺は散々……聖南の手を煩わせたから。
これ以上俺がワガママ言うなんて無理だ。
病院の決まりとか破っちゃって、そばにいてほしい……なんて言えないよ。
「具合はどう?」
「い、今は何ともないです……わっ……!」
リクライニングのベッドに背中を預けてた俺に、ふと近付いてきた聖南。
ふわっと香水の匂いがして、たったそれだけの事で懲りずにドキドキする。
誰も居なくなったから、キスされちゃうのかと焦って急いで目を瞑ったのに、くっついたのはおでこ同士だった。
「んー。……熱は無さそうだな。でもまだ目がうるうるしてる」
「えっ……」
ものすごく至近距離で、それこそキス出来ちゃいそうなくらい近いところで、聖南がフッと笑った。
見惚れるほどかっこいいその笑みは、俺しか知らない淡いやつ。
何時間もベッドに拘束された時によく見る、思い出すとほっぺたが赤くなってしまいそうなそれだった。
「葉璃、シャワー借りていい?」
俺の唇を奪わないまま、聖南が立ち上がる。
そっか、本番終わりで汗を流さないままなんだ。それは気持ち悪いよね。うんうんっ。
誰よりもシャワーを浴びたい気持ちが分かる俺は、ずいぶん上にいった聖南の顔を見上げた。
「ど、どうぞどうぞ! いつでも好きな時にご使用ください! ……って、看護師さんが言ってました! 本番お疲れ様でした、なので、ゆっくりさっぱりしてきてください!」
「……フッ……。じゃ、入ってくる」
「はい! 行ってらっしゃいです!」
入り口近くにあるシャワー室の扉を開けた聖南が、クスクス笑いながら一度だけ俺を振り返ってくる。
バイバイ、と手を振られたから、どういう意味なのか分からずに振り返すと、満足そうにニコッと笑ってシャワー室に入って行った。
「な、なんでこんなに緊張するんだろ……」
テンションがおかしくなった俺を、聖南が笑うのは当たり前だ。
なんで、と言ってるわりには、自分ではその理由なんか分かりきってる。
〝わっ、セナがおでこコツンしてきた!〟
〝わわっ、俺に笑いかけてる!〟
〝わわわっ、トップアイドルが俺ん家のシャワー使うって!(俺ん家じゃないけど!)〟
〝わわわわっ、俺だけに手振ってくれた!〟
……聖南とセナがごちゃごちゃになってて、脳が〝恋人〟から〝セナファン〟に切り替わってるんだ。
相変わらず、本番終わりの聖南に会うのは少しだけ苦手なんだもん。
ものすごい歓声の中、歌って踊って沸かせていたアイドルのセナが、どうしてもチラついちゃうんだよ。
佐々木さん達と話してる時はあんなに会いたかった人なのに、病室に入ってきた瞬間「セナだ!!」ってなっちゃった俺は重症なのかもしれない。
濡れた髪をかき上げながら近寄って来られた日には、きっとまた俺のテンションがおかしくなってしまう。
お風呂上がりの聖南は、究極にセクシーだから……。
「うぅ……今日泊まるのかどうか聞きたいだけなのにな……。あっ、でもシャワー浴びたってことは泊まってくれるのかな? 逆に聞いちゃうと追い返してるみたいに思われる……!? そんなつもりないのに……っ? むしろ泊まってほしいって思ってるのにっ? うぅー……っ!」
一人でブツブツそんな事を言ってると、想像より色気ムンムンな聖南がタオルで頭を拭きながら出てきた。しかも半裸だ。
俺にはまるで相応しくないVIPルームが、聖南にはよく似合う。
飲み物くらいしか入らないような小さい冷蔵庫から、ペットボトルのお水を取って飲んでるだけで絵になる人を前に、俺の緊張は十分前を凌いだ。
「……っ、聖南さん! おかえりなさいです!」
「ブッ、あははは……っ」
「えっ? えっ? どうしたんですかっ?」
「水こぼしちまったじゃん。笑わせるなよっ」
「笑わせ……っ!? えっ?」
お水吹き出すほど笑えるようなこと、俺言った!?
聖南が楽しそうにしてるのは見てて嬉しくなるけど、俺には身に覚えが……無いとは言えないか。
明らかにおかしいもん。
シャワーから出てきた聖南に、「おかえりなさい」なんて言ったことないし。
俺お得意の、穴があったら入りたい状態だ。
僅かに濡れた自分の顔を拭いて、「聞こえてたよ」と言った聖南の言葉に目を見開く。
「いや……全部聞こえてたから」
「えぇ!? ぜ、ぜんぶって……!」
「ん、全部」
「ぜんぶ……っ!」
「プッ……」
俺の独り言、聞こえてたっていうのっ?
泊まってくれるか、くれないのかって花占いみたいに口ずさんでたのも、ぜんぶ……っ!?
「うぅぅ……恥ずかしい! なんでこの距離なのに聞こえてるんですかっ? 聖南さん、お、俺のこと揶揄って……カマかけてませんっ?」
「あははは……っ」
「聖南さんっ」
場所が場所なだけに、控えめに爆笑してる聖南がだんだん〝セナ〟じゃなくなってきた。
ボロを出させるために、頭の回転が早い聖南から何かを仕掛けられてたとしても、鈍い俺はそんなの全然気が付かない。
シャワー室からベッドまでニメートル以上は離れてて、さらに一枚扉を挟んでるんだよ。
俺の恥ずかしい独り言が、そう簡単に聞こえるわけない。
絶対に、様子のおかしい俺の本音を探るためにカマをかけてるんだ。
……と、少し狼狽えながらも聖南の魂胆を見破った気でいたけど、すぐにその自信はゼロどころかマイナスにまで落ちてしまう。
「泊まってほしいって言われる前から泊まる気でいたよ。……これで信じた?」
「ほ、ほ、ほんとに聞こえてるじゃないですかー!! もぉーー!!」
「あはは……っ。葉璃、まだ体調万全じゃねぇんだから叫ぶなよ。喉やられるぞ」
「うぅぅーーっっ!」
ゆっくり近付いてきて、人差し指で俺の顎をクイと持ち上げたその人にこそ、「おかえりなさい」と言いたい気分だ。
俺の反応を見て「かわいー」と目尻を下げ、ニッと八重歯を覗かせて笑うのは、カッコいいのに可愛いという最強の武器を持った聖南その人。
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