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 切羽詰まったルイが、いよいよ聖南の足元で土下座までしようと跪きかけた時、林を先頭に恭也と葉璃が楽屋に戻って来た。 「葉璃っ♡」  恭也の背中に隠れるようにして現れた愛しの恋人は、スタイリストが見立てた正月に相応しい紅い着物を身に纏い、髪はゆるく可愛く巻かれ、ほんのりとメイクまで施されていた。  ──うーわっ、めちゃめちゃかわいー!!  聖南の視界から、葉璃の姿しか見えなくなった。  こんなにも可愛い着物姿が見られるなら、収録後に来て正解だったかもしれないと当初の目的を忘れ聖南はスッと立ち上がる。  恭也と林へ順に労いの言葉をかけると、当然のごとく葉璃の手を握った聖南の思惑は一つだ。 「ちょっと葉璃借りるな」 「ふふっ……はい」 「うわわわっ……! ちょっ、聖南さんっ!」  ETOILEは新人アイドル故、ここは一般的な造りの楽屋だが、幅の狭いパーテーションがあるのを確認済みだった聖南が問答無用で葉璃の手を引く。  葉璃は強引な聖南の行動によろけながらも、「聖南さんお疲れさまですっ」と挨拶を忘れない辺り律儀だ。  そんな葉璃を狭いスペースに引っ張り込むなりガバッと抱き締め、スプレーで固められた後ろ髪を撫でる。  幸せの瞬間だ。 「んー♡ 葉璃ー♡」 「もう……」  画面越しでは物足りないリアルな恋人と会えて、聖南は嬉しくてたまらない。  やれやれと言った声を上げたが、まんざらでもない葉璃も聖南の背中に腕を回してくれている。  薄い壁一枚の向こうに声が筒抜けなのは分かっていたが、極力声のボリュームを落としつつ聖南は葉璃の名を五回は呼んだ。  パーテーションの向こう側では、珍しくハーフアップに髪を結われている恭也がクスクス笑い、林は意識を逸らすためタブレット端末に注目、ルイはというとパーテーションから極力離れた位置に移動しながらもこっそり聞き耳を立てている。 「収録どうだった? 手震えてた?」  葉璃の耳元で、聖南は小声で問うた。  その瞬間ビクッと肩を揺らした葉璃が、思いっきり背伸びをして聖南に耳打ちする。 「はい、仕事の現場っていうのが久しぶりだったんで、ちょっと……感覚忘れちゃってるというか」 「そっか、休まなきゃ年末年始もフルで動いてたんだもんな」 「……はい」  葉璃の囁き声が、聖南の胸をドキドキさせた。耳にかかる吐息がたまらなく興奮を誘い、理性の効かない下半身が勝手に反応し始める。  だがここで葉璃を襲うわけにはいかない。  鮮やかな着物を乱し、ヘアメイクがグチャグチャになるほど泣かせたいという願望を抱くも、今は理性と協力すべき時。  葉璃に嫌われたら元も子もない。 「収録、がんばった?」 「え、まぁ……はい。自分なりには……」 「えらいっ♡」 「ちょっ……聖南さ、んっ」  耳には悩ましい吐息の嵐、目の前には毎日とてつもなく可愛い葉璃の顔。聖南の視線は魅惑の瞳からぷるぷるの唇へと移り……。  我慢出来なかった。  触れるだけに留めようとしたのだが、葉璃の唇がわずかに開いていたので少しばかり舌を忍び込ませて悪戯をした。  その間ほんの五秒にも満たない。  しかし聖南は充足感でいっぱいで、とびっきり豪勢な食事を頂いたあとの猛獣のように、ニヤリと笑って舌なめずりをする。 「ふぅ……。葉璃ちゃん、ごち♡」 「もうっ! 楽屋でこういうことするのは禁止だって言ったじゃないですかっ」  ──小声でなくていいの、葉璃ちゃん。三人に聞こえちまうよ?  耳打ちでは追いつかない葉璃の照れ怒りが、聖南の笑顔を濃くする。なおも誘ってくる濡れた唇を見つめ、飄々と返す聖南は葉璃いわくドSらしい。 「え、キスもダメなの?」 「当たり前です!」 「なんで? ちゅってしただけじゃん」 「お、俺は、ちゅってしただけでもドキドキしちゃうんですよ! 聖南さんは平気かもしんないですけどっ」 「…………っ♡」  ──やっばー♡ かわいすぎる! こんなこと言われてもキスだけで我慢しなきゃなんねぇの!?  聖南の心の声は、葉璃の腰を抱いていた腕にしっかりと伝わり、膨らんだ下半身をグッと押し当てるという暴挙に出た。  葉璃が厚い着物を着用していたことで聖南のさらなる悪戯はバレずに済んだが、頭をもたげたS心が疼く。  可愛すぎる葉璃が悪い、と責任転嫁して。 「ドキドキすんだ? ちゅーだけで?」 「そうですっ」 「それ文句? 惚気?」 「なっ……惚気なわけなでしょ! 文句です! い、一応!」 「あークソっ、かわいーな! このっ、かわいーの塊めっ♡」 「むぐっ!?」  聖南とのキスでドキドキするというとんでもなく可愛い文句なら、毎日だって受け止めてやる。  たまらず聖南はもう一度葉璃の唇を軽やかに奪い、一瞬だけ舌を絡ませ甘味を楽しんだ。  こうも我慢が出来ないのは、やはりどう考えても葉璃が悪い。葉璃が可愛すぎるからいけない。  パーテーションを隔てたこの場には、あと三人もの男たちがいることさえ忘れてしまう。 「……あのぉ、お二人さーん。バッチリ聞こえてますけどもぉ」 「セナさんとハルくん……いつも隠れてる時こんなにイチャイチャしてたのっ?」 「ふふふふっ……」  聖南も葉璃も、耳打ちでないにしろ声は抑えていたが、当然三人には筒抜けであった。  三者三様の反応が聞こえたことで、葉璃に限界がきてしまった。  キッと怒りの視線を聖南を向け、ぷるっと体を震わせる。それからじわりと聖南から離れた葉璃は、とても恥ずかしそうにパーテーションの向こう側へ歩んだ。 「ふはっ、ハルポンめっちゃ顔真っ赤になってるやん」 「…………っ! ルイさんっ、それ以上揶揄ったらお尻ペンペンします!」 「なっ、なんでやねん!」 「あはは……っ」  余計な一言で葉璃の照れ怒りに火を付けてしまったルイが、楽屋の隅に逃げた。それを見た恭也が腹を抱えて笑っている。  その様子を見ていた聖南も、『ETOILE三人は仲良くやっていけそうだな』と目尻を下げた。発端は聖南なのだが、本人にその自覚は無い。  平静を保つことで膨らみかけた下半身を宥めつつ、次の仕事がある聖南は腕時計を見やった。 「林、葉璃と恭也はこれケツだよな?」 「あー……っと。そうですね。恭也くんは僕が送ってくので、セナさんはどうぞハルくんお持ち帰りください」 「オッケー、任せとけ♡」 「お持ち帰りて……なんかやらしい響きやな」 「ルイさんっ!」 「なんやねん! ただの感想言うただけやん! 感想も許されへんの……って、ちょっ……お尻ペンペンはよして!」  揶揄われて御立腹な葉璃が、照れ怒りの八つ当たりのごとくルイを追い回している。  笑いに包まれた楽屋内で、聖南一人だけが場にそぐわない悶々とした欲を抱えていたが、それも仕方がない。  ──着物持ち帰れねぇのかな。  終始こんなことを考えていたのだから。

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