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43★3 CM撮影〜二日前〜

★ ★ ★ 「── 知らんかったて……そんなん考えんでも分かるやろ……絵コンテ見てんから……」  どういう会話の流れだったか、昨日の顛末を俺から聞いたルイさんは天井を見上げて乾いた笑いを溢した。  弁護士の人と会わなきゃいけないとかで、昨日はレッスンが終わってすぐにルイさんは帰って行ったから、葉璃の天然発言を生で聞けなかったと悔しそうだ。  ルイさんは、用事が無い日は大体レッスン後の時間を俺たちと共に過ごしている。  俺も葉璃も、最近では三人揃ってないと違和感を覚えるほどにルイさんの存在は大きくなっていた。 「で、ハルポンはどこ行ったん?」  それはルイさんも同じようで、バラエティー番組の収録がついさっき終わったっていうのに、楽屋に葉璃の姿が無いことを訝しがった。  俺の背後でプルプル震えていた葉璃が、収録スタジオを出るや耳打ちしてきたとある事をルイさんにも共有する。 「シャワーです」 「またかいな」 「……はい。確認してほしい事が、あるからって。その前に、綺麗にしてくると言って、大急ぎで行きました」 「確認してほしい事? なんや?」 「さぁ……なんでしょうね」  葉璃はちょくちょくシャワーを浴びたがると知ってるから、それは別におかしな事ではないんだけど。  確認してほしい事っていうのが、俺にもちょっと分からない。  ルイさんが飲み物とお菓子をつまんでいる横で、俺は私服に着替えて葉璃を待った。  テレビ局にはシャワールームがあって、メイク室にはドライヤーもある。ちゃんと自分で髪を乾かせるようになったと嬉しそうな葉璃は、ホカホカでいい匂いを纏って戻ってくるんだろう。  帰り支度を済ませた俺は、ルイさんの隣に落ち着いてコーヒーに口を付けた。  するとそれから五分くらいが経って、その性格を表すかのような控えめなノック音に俺とルイさんが同時に反応した。 「……あっ、ルイさん! お疲れ様です」  扉を開けてすぐ、収録の途中から局に合流したルイさんを見つけた葉璃は、ニコッと可愛く笑ったあと、そのまま俺にも目線をくれた。  俺が除け者にならないように気を配ってくれるその視線だけで、実は意外と視野が広い葉璃の優しい気持ちを感じることができる。 「お疲れー。てか二人とも、いい加減敬語やめてくれへんかな」 「そう、言われましても……ねぇ?」  苦笑いしてるルイさんには悪いけど、いきなりそれは無茶な相談だ。  同意を促すと、葉璃は「うん」と頷きながら俺たちのもとまで歩いてくる。 「ルイさんはルイさんだし、ルイさんだから、敬語使っちゃうのはしょうがないと思います」 「俺が俺やからって何なん? 言うてる事もしょうがないの意味もよう分からんのやけど」  うん……たしかに……。  葉璃、それだと結局〝ルイさんだから〟という曖昧な理由しか説明出来てないことになっちゃうよ。  当然でしょ、と言わんばかりの言い回しが可愛かったからなのか、葉璃らしさ全開の言い切りにルイさんも笑ってくれているからいいけど。  どちらにせよ、俺と葉璃がルイさんに対しての敬語が無くなるのはもう少し先の話だと思う。  何と言っても俺たちが居るのは、芸歴も重要視される世界だから。 「だってルイさん、俺たちより三年は、芸歴長いですよね?」 「まぁそうやけど。恭也とは話したよな、もう敬語使わんといてくれー、俺らタメなんやでーってな」 「はい。なぜ子役を辞めたのかも、その時、聞きました」 「そうやったそうやった」  少し前になるけど、林さんに呼び出された葉璃を見送った後、ルイさんが俺に話してくれたことならよく覚えている。だったらやっぱり敬語じゃないと落ち着かないや、と思ったもんな。  ところが、俺からお茶のペットボトルを受け取った葉璃が「えっ」と固まって驚いている。どうやら葉璃には初耳の話だったらしい。 「ルイさん、ホントに子役を経験してたんですかっ? 噂じゃなく?」 「そうや。あんま覚えてないんやけど、三年いかんくらいはやってたかな」 「そうなんですか! 何に出演してたんですかっ? ドラマですか? 舞台?」 「あー……俺はドラマが多かった。あとは教育テレビ。なんの動物か分からんデッカい人形と週四で喋ってたで」 「あはは……っ! へえ、そうなんですね!」  へぇ……そうなんだ。  俺も葉璃と同じ感想を抱いて、検索してみようとポケットからスマホを取り出そうとした俺たちを、ルイさんがすかさず「おい」と止めた。 「ハルポン、恭也、調べようとすなよ。今さら掘り起こされんのめちゃめちゃハズイ」 「あぁ……まぁ、そうですよね」 「そんなぁ、し、し、調べたりしませんよーっ! 何言ってるんですかっ! すごーく気になるけど、し、調べたりしませんっ」 「ぷっ……ふふふ……っ」  狼狽えた葉璃は、分かりやすいったらない。  俺みたいに無表情で居たらいいのに、引きつった笑顔でルイさんの肩をペシペシ叩いてる葉璃が、「やだなぁ、もう」と誤魔化していて可笑しくなった。 「ハルポン。自分、超絶ウソがヘタクソな自覚あるって言うてたよな?」 「もちろん自覚ありますよ! ちょっと早口になってどもるので、分かりやすいってよく言われます!」 「そんなら今まさにウソ吐いてんのバレバレなん、気付いてるか?」 「えっ?」 「調べる気満々なんやろーが!」 「ひ、ひ、調べまへんっればー!」  たった数秒で嘘がバレちゃった葉璃は、ほっぺぷにぷにの刑に処されてしまった。  ルイさんはすごい。あんなに気安く葉璃に触れるなんて。後ろめたい気持ちになってしまう俺には、とても真似出来ない。  ぷにぷにされてる葉璃もどこか嬉しそうで、二人の仲に少し妬けた俺は割って入った。 「それで、葉璃。確認してほしい事って、何だったの?」 「おお、そうそう。何なん? 俺もおってええんか?」 「あ、それなんだけど……」  話を戻した俺と、遠慮を見せるルイさんの間で、葉璃がおもむろにシャツのボタンを外し始めた。  言いかけてやめた葉璃は、一つ目、二つ目……とどんどんボタンを外していく。  それをジッと見ていた俺とルイさんは、とうとう全部のボタンを外して前面を晒そうとした葉璃を慌てて止めた。 「あ“ぁーーっっ!! ちょいちょいちょいちょい!! ハルポン待てぇ!」 「うッ? ちょっ、葉璃!! ダメだよ、何して……っ!?」 「えっ?」  シャツに手をかけた葉璃が、両サイドから止めに入られて困った顔をしている。  いやいや、困ってるのは俺たちの方だよ。  どうしていきなり裸を晒そうとするかな。  葉璃は女の子じゃないんだから、俺たちもそう過敏に反応しなくて良かったんだろうけど……そうもいかない。 「いきなり何してんねん! 脱ごうとすな!」 「そ、そうだよ、葉璃。脱がないで」 「でも脱がないと確認してもらえない……。撮影で知らない人たちに見られる前に、二人にどうしても見てほしいんだよ。……ダメ?」 「い、いや……っ」 「ダメやないけど……っ」  俺とルイさんは、ハの字眉になった葉璃の困り顔に弱かった。  グッ、と言葉を飲み込み、ルイさんと顔を見合わせる。  セナさんが居ないところで葉璃の裸を見るなんて、後ろめたいどころの騒ぎじゃない。  それに何より俺たちは、自他共に認める葉璃贔屓。  葉璃の前面裸体NGは、俺とルイさんにも適用される。

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