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情報源は聞き出せていないらしい。
だが、これ以上二人を接触させるのはよくないというルイの機転は、賢明な判断である。
自身が不利になるようなことを、レイチェルが素直に白状するとも思えないからだ。
彼女と繋がっている人物と言えば、社長夫妻と聖南、事務所のスタッフ数名、レコーディングに携わった者たち以外には居ないはずで、そのうちの何名が聖南と葉璃の関係を知っているというのか。
情報源が社長でもなく、聖南でもないとすると、憶測好きな連中が外野からレイチェルに接触した可能性がある。無論、その逆も然り。
秋頃立て続けに事務所へと送られてきた写真がずっと気になっていた聖南は、葉璃を横たえ布団の中にしまい込み、その傍らで胡座を組んだ。
「怪しいと思ってたんだよな」
「……怪しい?」
きっちりと顎下まで掛け布団を上げている葉璃が、温かいもので包まれたことで早くも眠気を誘われている。
聖南に問うた声がいかにも眠そうだ。
「葉璃ちゃん、眠くなった?」
「いえ全然……ふぁ……」
「あはは……っ、あくび出てんじゃん。布団か俺に包まれたらすぐ眠くなるよな、葉璃」
「そんなことないですっ。お話、してくださいっ」
魅惑の瞳をとろんと蕩けさせておきながら、葉璃は聖南の話が聞きたいと頬を膨らませる。
ぷ、と膨れた頬をツンツンと押した聖南は、想像した。
今自分が布団の中に潜り込み、いつものように後ろから抱きしめて自身の体で葉璃を包み込んだ瞬間、この子はあっという間に眠りにつくだろう。
聖南には及ばないが、葉璃はこれほど寝付きはよくなかった。遠慮なく聖南に空腹を訴えるようになったのと同じく、温かいもので葉璃の身を包んだ途端に眠くなるようになったのはいつからか。
眠そうな目で強がる葉璃が可愛くてたまらない聖南は、彼の言う通り重要な話の最中にもかかわらず気もそぞろだ。
「まぁ眠くなったら寝りゃいい。これは俺の独り言だと思って」
「むぅ……俺を子ども扱いしてますね、聖南さん……」
「んー……」
── 否定はできねぇな。
聖南は確かに、天然だが芯のしっかりしている葉璃の前では盛大に大人げなくなるかもしれない。だがこうして、ふとした時に感じる年の差も嫌いではなかった。
眠気と戦う葉璃は可愛い。それほど寒がりではないのに、いつも毛布や布団をすっぽり被る幼いところがなんとも言えない。
それはほんの少しだけ、六つ下の弟を寝かしつけているような感覚に似ている。聖南は兄弟も居なければ、唯一の父親からもこんな風に寄り添ってもらった経験など無いが、家族が居たらこんな感じなのかなと面映い気持ちになるのだ。
「……事務所に写真が送られてきたことあったじゃん」
うとうと間近の葉璃の頭を撫でてやり、フッと笑みを溢した聖南は〝独り言〟を始めた。
「二枚の写真のうち、精巧だった方は確実に画質といい画角といい、マスコミが撮ったものだ」
「……はい」
「気になってたんだよ。年末にも撮られたって話したと思うけど、その前から違和感はあった」
「違和感……」
「うん。俺とレイチェルを恋人に仕立て上げて、それを業界内に吹聴して回ってるヤツが居る。業界内ってのはマスコミ全般な」
「えぇっ!? そ、そんな……!」
今にも瞑りかけていた猫目が、パチッと見開かれた。
聖南が感じていた違和感。
恋人居ます宣言以降、事あるごとに〝交際は順調か〟との問いを浴びるが、あのツーショット写真が送られてきた頃からなぜか別の問いも飛んでくるようになった。
『彼女との交際は順調ですか』
『あまり会えないのは寂しいですね』
『ちなみにセナさんは英語が話せるんですか?』
〝恋人との交際は順調過ぎるくらい順調で、結構頻繁に会えてるから寂しくはない。ちなみに返しすると、俺は英語はまったく話せない。質問の意図が謎。〟
……と、聖南は狼狽することなく受け答えしていたものの、まるで異国の女性と遠距離恋愛でもしているかのような問いが多く、かなり訝しんでいた。
少し前のインタビューでも、新人からベテラン記者にバトンタッチするなり核心を突く問いに変わった。
マスコミからの質疑応答が〝誰か〟を連想させるものばかりで、違和感を覚えずにはいられなかったのだ。
「取材の時、あからさまにレイチェルを意識した質問がくるようになった。年末に撮った写真を決定打として掴んでるんだとしたら、何としてでも俺から言質を取ろうとするよな。マスコミも俺の恋人探しに躍起になってるし。少しでもそれっぽい言質取ったら、報道規制解けた直後にばら撒くつもりでいるんだろ」
「そ、それって捏造記事ってことじゃないですか!」
「そうなるな。ってかどこからレイチェルの存在が漏れてんのかと不思議でしょうがなかったんだけど……もしかしたら本人からの可能性が充分あるな」
「あ、……」
考えたくもなかった結論に達すると、聖南をジッと見ていた葉璃が「そういえば」と体を起こした。
やはりレイチェルが絡んでいるとなると、聖南の声が落ち着くと言う葉璃もおとなしく包まれてはいられなかったようだ。
「恭也とルイさんが、そんな話をしてたような……」
「ん?」
「二人がどんどん話を進めてくから、俺全然追いつけなくてその時は理解出来なかったんですけど……そっか。二人は、レイチェルさんがマスコミと繋がってるかもって話をしてたんだ……」
「あはは……っ、葉璃ちゃんが一番理解してなきゃじゃねぇの?」
「そ、そうなんですけど、ルイさん早口なんですもん……! なんで恭也は聞き取れてたのかな。しかも難しい話してたのに」
「プッ……」
状況はよく分からないが、恭也とルイの二人が葉璃を置き去りに推測合戦を繰り広げていたということは、ほぼ確実に我が恋人の思考は停止していたに違いない。
業界について何かと詳しいルイと、聡く察しのいい恭也との会話についていけなかった葉璃は、おそらく……。
「さては葉璃、あの顔してたな?」
「あの顔って?」
「よく俺の前でムッてするじゃん。あの顔マジでかわいーんだよな。怒ってんのか拗ねてんのか分かんねぇけど、あれは反則」
「可愛いかどうか知りませんけど、……むぅ。これですか?」
「そうそう、この顔!! あーもう、……マジでかわいーな葉璃ちゃん♡」
聖南お気に入りの表情の一つである〝ムッ〟を、葉璃が披露してくれた。
大きな目はそのままに、控えめで小さな唇をアヒルのように平らに突き出した想像通りの〝あの顔〟に、聖南のテンションが急激に上がる。
「この顔してたら写真撮られましたよ、ルイさんに。それを恭也も欲しがってて。最近いつも二人して俺を揶揄うんです。ひどくないですか?」
「あはは……! それは揶揄ってんじゃねぇよ。二人して愛でてんだ、葉璃を」
「めでたくないですよ、何にも」
「いや違……って、うん。そうだな。葉璃は大真面目なんだもんな。めでたくは無えよな」
「はい」
「ン゛ッ……! かわいー……俺の葉璃が今日も最高にかわいー……!」
「…………?」
聞き間違いを指摘しようとした聖南だったが、〝ムッ〟の後は〝キリッ〟とした表情で迷いなく頷かれ、陶酔した。
アレルギー持ちの聖南が彼女の話題をここまで気落ちせず語れるのは、やはり自然体な葉璃が即座に癒やしてくれるからだろう。
聖南よりも長く葉璃との時間を過ごす彼らには少々妬けるが、翌朝その二人ともから、とあるキャラクターに似ているというメッセージと共に愛しい恋人の写真が届くことを、この時の聖南はまだ知らない。
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