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ルイさんはいつも突拍子もない……が、今日も発動しちゃってる。
思いもよらない提案に、ここ最近で一番ってくらい声がひっくり返った。
「な、なっ………ど、っ……」
なんで、極秘任務でもないのにメイクしなきゃなんないのっ?
どうして、〝手を打つ〟がメイクをして別人になりすますことなのっ?
言いたくても、腹ペコの池の鯉みたいに口をパクパクするだけで、ルイさんには何一つ伝えられなかった。
飄々とした横顔を見つめたまま、返答を待つ。
でもそういう時に限って赤信号に引っかからない。
〝密会〟を控えた俺を気遣ってか、ルイさんは最近覚えた近道で十何分かの時短に成功した。
俺の地元は都会より遥かに車通りが少ないし、混雑する朝に比べると自宅までの帰り道はとてもスムーズだった。
「春香ちゃん、家おんの?」
「えっ、春香、……?」
「春香ちゃんおらな話にならんから」
「え……」
提案を投げたまま俺を放ったらかしにして、玄関前に到着するやルイさんが大真面目な顔でこんな事を尋ねてきた。
春香がいま家に居るかどうかなんて、ちょくちょく連絡取ってるわけでもないから知らない。
俺も春香も、キチッと就業時間が決まってない不規則な仕事だから、今までも何か用事でもない限りその辺の干渉はお互いにしてこなかった。
「えっと……ま、待ってください。確認して来ます」
「おけ~」
なぜか春香がいないと話にならないらしいし、だったらしょうがないと考えるより先に体を動かしていた。
俺は急いで車を降りて、門扉を抜ける。玄関の鍵を開けるのに少しだけモタついた後、すぐに春香の靴があるかどうかを確認した。
── あ、あった! 最近はこのショートブーツがお気に入りでいつも履いてるもんね!
玄関先で焦げ茶色の女の子らしいデザインのショートブーツを発見すると、俺は扉から顔を出してルイさんに声を掛けた。
「ルイさんっ、春香居ますよ! 俺はどうしたらいいですかっ?」
特に急かされたわけでもないのに、やたらと焦りに見舞われてついつい早口になってしまっった。
俺の声に、ルイさんが窓を開けて手招きをする。
それにつられてちょこちょこと小走りで駆け寄ると、運転席の窓を全開にしたルイさんが少しだけ遠慮がちに「急で悪いんやけど……」と表情を引き締めた。
「上がらせてもろていい?」
「えっ!? ルイさんが家にっ?」
「あぁ、いや……あかんならここで話せばええけど」
「そんな……っ! あかんくないです! どうぞ上がってください! 車はそこに停めてていいんで!」
「分かった、ありがとう。ただハルポン……もうちょい声小さくな。隣近所から苦情くんで。シーッな」
「ハッ……!」
引き締まった表情から一転、ルイさんは俺の『ハッ』とした顔を見て吹き出しながら窓を閉めた。
「…………」
笑顔を見せつつ、父さんの愛車の隣のスペースに難無く駐車させてく様を見届けていた俺は、知らず胸に手をあてる。
ルイさんの意味不明な提案も気になるところだけど、俺は……俺がこんなに焦ってるのは、きっとこのあと聖南との密会が待ってるからだ。
気持ちが急くのは仕方がないことなのかもしれないけど、考えナシに興奮していい時間ではなかった。
「すまんな。パッと喋ってスッと帰るから」
「あっ、いえ……そんな。せっかく上がるんですから、ゆっくりして行ってください」
「そらありがたいんやけど、「ゆっくり」はまた今度にするわ」
「は、はい……」
脱いだ靴を揃えて上がったルイさんは、送迎こそ何度も来てくれているのに、お家に上がるのは初めてだ。
だから申し訳なくてそう言った俺の頭に、ポンと手のひらが乗せられる。見上げると、ニッと笑われて逆に気を遣わせてしまったんだと分かった。
密会を控えた俺への気遣いや日頃の安全運転もそうだけど、ルイさんはホントに見た目とのギャップがすごい。
おばあちゃんに礼儀を叩き込まれてるおかげで、俺が気を利かせなくても自分からすすんでリビングに居た父さんと母さんに挨拶していた。
父さんはともかく、イケメン好きな母さんの引き止めがかなりすごかったけど、それを丁重に断った口のうまさはさすがの一言だった。
「ハルポンのママさん、陽気な人やな。パパさんは寡黙って感じか」
二階へと上がる最中、ルイさんがそう小声でポロッとこぼした。
「あぁ、まぁ……そうなのかな。ご飯とかお茶とか誘っちゃってすみません……。母さん、イケメンに弱くて……」
「そうなんや。誘われたっちゅーことは俺のこともイケメン認定してくれたんやな」
「確実にそうだと思います」
「ほぉ、それは素直に喜んどこ」
「ふふっ……」
俺と春香の周りはどうしてあんなにイケメンだらけなんだって、今もリビングで騒いでるし。
やだやだ。あの大興奮状態の母さんを宥める父さんの気持ちを考えたら、……いや、考えるのはやめといた方がいいな。
うん、やめとこ。
「こっちが俺の部屋で、そっちが春香の部屋です。どっちでお話します? 俺の部屋に春香を呼ん……」
「コンコンッ、邪魔すんでー」
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