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50❤︎③

「は、はいっ? 上っ?」 「そう。ベッドの被害を最小限に抑えるには、葉璃が俺の上に乗ればいけんじゃね?」 「う、上っていう意味が俺には……」 「騎乗位」 「あ、あぁ……! 聖南さんの上に乗るってそういう……! うぅ……!」 「こらこら、妄想して照れるなよ」  〝騎乗位〟という単語で妄想が膨らんだ葉璃は、顔面を覆って大袈裟なほど足先をジタバタと動かした。  この初々しさにいつもやられる。  いつの間にか聖南にしがみつくのをやめ、なぜかちょこんと正座をして悶えている様に萌えるなという方が無理である。  ──これだから、葉璃と付き合ってるとセックスが重要だとは思えねぇんだよな……。  見事に勘違いしてくれたレイチェルに、聖南はこう惚気たの事を思い出した。 『付き合ってから何回そういうコトをしたのか分かんねぇし。数えるもんでもねぇだろ?』  これまでの葉璃とのセックスの回数など、数えきれないほど致しているのでいちいち覚えていない。  聖南と葉璃は約三年間で、数えるのも馬鹿らしくなるほどの逢瀬を重ねてきた。にもかかわらず、葉璃は当時からほとんど変わらない純真さで聖南を虜にする。  聖南は、今となっては悔やむべき経験ばかりを積んでいた。だが初めての葉璃とのセックス以来、『このまま死んでもいい』と毎度悦に浸り、過去の経験など本当にあてにならないと苦虫を噛み潰している。  すべてを葉璃との思い出に塗り替えたいと無茶を思うほど、なおも「うぅっ」と可愛く呻いている葉璃は出会った日からずっと聖南の心を掴んで離さない。 「……葉璃、おいで」  顔面を覆った指の隙間から、魅惑の瞳がチラリと覗く。  何とも優しげな「おいで」に反応した葉璃は、ゆっくりと両腕を広げた聖南の体に再び抱きついた。  聖南も、その華奢な身体を噛みしめるように大切に抱く。  じんわりと体の芯が温かくなるような、幸せな抱擁だ。 「はぁ……。葉璃、好きだよ」 「……っ、お、俺も、好きです。聖南さん、……好きです……」  この三年で変わったと言えば、想いを伝えた分だけしっかりと返してくれるようになった事。それだけの事に、聖南の心は安堵に満ちる。  言葉は大事だ。  ましてや卑屈ネガティブを全力で自負する葉璃には、常々想いを伝えていかなければある日突然ふらりと聖南の元から居なくなる恐れがある。  そういう懸念もありながら、以前より心の繋がりが強化された今は、好意が溢れそうになる度にぽろぽろと口をついて出てしまうので不安を与える隙が無い。  未だ抜けない敬語で控えめに「好きです」と応えてくれる事で、聖南も大きな喜びを感じる。  幸せだ……と、愛おしい体を抱き締めていられる。 「セックスの体位はともかく。俺は今、無性にキスしたいんだけど。ダメ?」 「い、っ……なんでそんなこと……っ」  らしくなくキスのお伺いを立てた聖南に、動揺を隠せない葉璃の瞳が揺れた。  心の準備を……と言い出しそうな気配を感じ、素早く彼の両頬を取ると、聖南は顔を近付けながら小さな声で囁いた。 「葉璃、舌」 「んっ……」  薄く開いた唇に、そっと自身を当てる。温かく湿った感触を数秒楽しんだ後、今度はやや強引に舌を入れた。  絡ませようと葉璃の短い舌を探し当てるも、なぜかすぐに逃げられる。聖南の性器を舐めていた積極性は皆無で、さらに深く口付けようと顔を傾けたのだが、一向に捕まえられない。 「んむ、むっ……! んん……っ」  口腔内で舌の追いかけっこをしているようで、聖南は焦れったくなった。 「葉璃ちゃん、舌がビビってる。ちゃんと俺のと絡ませて」 「いやそんなのム……、んむぅーっ!」  言い返してきた一瞬の隙をつき、ようやくそれを捕らえた聖南ははむはむと唇で食んだ。  苦しげに眉を寄せる葉璃の表情にドキリとしつつ、存分に甘い舌を堪能する。その間少しも唇から離れず、呼吸さえ奪うほどの猛攻に次第に葉璃の口腔内には互いの唾液が溜まっていった。 「唾液ちょうだい」 「はぅっ……! んむぅ……っ、んっ、んっ!」  しっかりと柔らかな両頬を捕らえ、逃げ腰の葉璃からジュルッと吸い上げるようにして唾液を頂戴する。  聖南はさも美味そうにわずかな体液を嚥下し、すぐさま引っ込んでしまった舌を見付けて絡ませた。  口の小さな葉璃は、聖南のキスはまるで食べられているようだと感じるらしい。最中は息継ぎの間も無く必死で舌を絡ませ、溜まった唾液を呼吸諸とも奪っていくので苦しいと、可愛らしい文句を言っていた事があった。  その時の照れ怒りを思い出すほど、今日の葉璃は聖南から逃げ惑っている。見付けて絡ませた途端に引っ込んでしまう舌が、何やら緊張していた。 「……二週間離れてキスのやり方忘れちまった?」  不満たらたらで唇を離すと、葉璃は荒く呼吸をしながら俯き、「だって……」と子どものようにいじけた。 「だっ、て……! 刺激が……!」 「刺激?」 「こ、この際だから言っちゃいますけど!」 「お、おう、何?」  勢いよく顔を上げた葉璃の表情は、キスが足りず不満そうな聖南よりも険しい。  その勢いにたじろいだ聖南は、次の瞬間さらに言葉を失う事になる。   「俺、聖南さんに抱き締められただけで、今も心臓バクバクしてるんです! よく今まで、平気でいろんなことしてたなって、俺ビビってるんですよ! だって聖南さん、寝顔までカッコいいじゃないですか! 起きてる時は色気ムンムンだし! それなのにこんなやらしいキ、キ、キスしたら、頭真っ白になりますよ! 聖南さんは平気かもしれないですけどね!」 「…………」  ──平気なわけねぇだろ。てか今、平気じゃなくなったよ。  怒っていると見せかけて、またもや熱烈にキュンキュンものの白状をした葉璃にきっとその自覚は無い。  だから困るのだ。  無自覚に人を魅了する葉璃こそ、聖南に愛されて〝色気ムンムン〟に成長しているというのに。 「……だから寝込み襲ったの?」 「うっ……」 「俺が起きてたら色気ムンムンで心臓バクバクになるから?」 「うぅっ……!」 「今まで散々ヤりまくってきたのに?」 「うぅーっ!!」  二週間という月日は、確かに長かった。  互いが……主に聖南が限界を迎えてしまうほどには、途方もなく長い期間に違いなかった。  とはいえ、ほぼ毎日寝食を共にしていた恋人相手にそこまで緊張するだろうか。  ──いや、葉璃は……例外だ。そういや電話すら出来ねぇ状態だってルイが言ってたし。  ドキドキではなくバクバクしているから応じられないと言われ、『何だそれ』と笑ったがどうやら葉璃は現在も〝心臓バクバク〟を継続中らしい。  この言い草的に、〝聖南さんの聖南さん〟を借りる前はひたすら寝顔を凝視されていたのかもしれない。 「……どこまでかわいーの、葉璃ちゃん」 「揶揄うのはやめてくださいっ! 俺は本気で……っ」 「ていうか、いつ俺に馴れてくれんの」 「な、慣れてはいますよっ? 慣れるってよく分かんないですけど、でも……っ」 「その慣れるじゃなくて。二週間離れると今までの馴れがふりだしに戻るんなら、マジで週一のデートは徹底しなきゃだな」 「…………っ??」  会いたい気持ちが積もり積もって爆発するくらいなら、定期的に〝密会〟をして心身の安定を図ろう。聖南が痩せてしまうのが心配なら見張っていればいい──。  そういう意味で週に一度のデートを提案したのだが、これほどまでに葉璃が聖南への緊張感を顕にするのは少々いただけない。  約九ヶ月の同棲でようやく他人行儀が抜けてきたというのに、キス一つでこうもドギマギされては聖南もつられて照れくさくなる。否、余裕が無くなるとも言う。 「初々しくてかわいー葉璃ちゃん。よくも煽ってくれたな?」 「えっ、……えっ?」 「ほら。葉璃のおかげで聖南さんの聖南さん、ギンギン」 「…………っ!」

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