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第26話 曼珠沙華

  幸か不幸か、直義の予感は半ば的中した。  頼隆が---正しくは八雲御前が、何者かに連れ拐われた。洛外の野盗を装おったある一団の仕業だった。  事は頼隆が、洛中を見物に出た際に起こった。直義の指示どおり、頼隆は女物の小袖姿で少々の供回りとともに街中に出た。無論、少し離れたところでは、柾木が目を光らせていた---筈だった。様々な店が軒を連ね、見るもの聞くもの珍しく、あちらこちらを見て歩くうちに気がつけば夕暮れが近づいていた。  絢姫への土産に黒漆に螺鈿で小手鞠と蝶の描かれた櫛を買い、ふ---と覗いた南蛮品を扱う店で懐中時計なるものを見つけた。銀の蓋には二羽の小鳥が戯れていた。 ー気に入るやもしれんな。ー  直義に買っていってやろうと店主にあれこれ交渉しているうちに、知らず知らずに時が経っていた。  ーこれはマズイ---。ー  と思いつつも、もう少し---と、面白げな品の並んでいる店の軒先に顔を向けた時だった。  傍らから数人の男が走り寄り、頼隆もとい八雲御前を抱えて、隠していた駕篭に引きずり込み、連れ去ったのだ。人混みでごった返す街の中、侍女達の悲鳴に柾木が走ってきた時には、既に八雲御前即ち頼隆の姿は見えなくなっていた。 「そなたら、我れを如何にするつもりだ。」  用心のためだろう、駕篭に押し込められた時、頼隆の両手は後ろ手に縛られていた。乱暴な駕篭の揺れに閉口しながら、訊いた。 「お命までは取りません。大人しゅうしていて下されば、乱暴もいたしません。」  野盗にしては、言葉もきれいな都ぶりの訛り---頼隆は駕篭の中で、ニヤリとほくそ笑んだ。が、それを気取られてはいけない。 「いったい誰がこのような---我れに何ぞあったら、只では済みませんぞ。」 「存じておりますよ。八雲御前様。」  駕篭の外から、一人の男が答えた。 「九神直義のご側室さま---大人しゅう我らに従うて下され。酷いことはいたしません。」  違う---と言いたいところだが、ぐっ---と堪えて、更に訪ねた。 「我れを何処に連れていくつもりじゃ。」 「さるお方が、お待ちでございます。---」  会話は、そこまでだった。駕篭の傾き、揺れから山道に差し掛かっていることがわかった。洛中近くに山は少なくないが---と思ったところで、近くの寺の鐘がごぉ---ん、と鳴った。ーそうか--- ! ーと思い到ったところで、駕篭が止まった。 「お降りください。」 一人の男が、頼隆の腕を掴んで、乱暴に駕篭から引き摺り出した。 「何をする!」  頼隆は男を睨み付けた。そして、ーすかーふを着けてきて正解だった。ーとチラっと思った。  「こちらへ」  辺りは、かなり薄暗くなっていた。目の前には薪を積み上げた普通の猟師小屋---、小さく灯りが点っていた。  頼隆が引き摺られるままに、小屋に入ると、羽織袴の武士が薪の束に座っていた。其なりに威厳のある風情が、野盗の頭領などではないことを物語っていた。 「手荒なことを致しまして申し訳ございませぬ、お方様---。」  むっ---とするのを堪えて、女の振りを続けた、 「そなたらは何者じゃ。何故このような事をする--。」 「九神どのに聞いて頂きたき旨がございまして---」  ふうん---と頼隆は、周りに聞こえないように呟いた。 「何を聞いて欲しいというのじゃ。話を聞いて欲しいなら、殿に直に申せばよいに---」  わざと怯えた振りをして、更に問うた。 「九神どのは、我らの弁など聞いてくださるお方ではありません。先の帝のことで、ひどくお怒りでございますゆえ---」 ーなるほど---。ー頼隆の中で、全ての符号がぴたりと合った。都で不穏な動きがある---というトビの報せを聞いて、万端整えておいた甲斐があった。尻尾さえ掴れば、本体を引き摺り出すのはそう難くない。後は直義に任せればよい---と頼隆は踏んでいた。証拠を掴んだ以上、長居は無用---と思ったが、敢えて訊いた。今少し時を稼がねばならない。それにちょっとばかり『気晴らし』もしたかった。 「して、我れをどうしようというのじゃ?」 「我が殿の元にご同行願います。」 「人質か---」  語る武士の背後を瞬間、影が横切った。 「それは出来ぬ相談じゃなぁ--。」  頼隆の声音が、変わった。取り囲む男達が困惑し顔を見合せる。その目の前で、架かっていた筈の縄がはらり---と地面に落ち、頼隆の両手が懐から何かを探りだした。 「ぎゃ---っ!」 次の瞬間、頼隆の背後にいたふたりが血飛沫を上げて倒れた。男達が、何が起こったかと戸惑う隙に、頼隆は小屋の外に駆け出した。 「おのれ、待て--!」 慌てる男達を小屋から誘い出し、適当な場所で止まり、くるっ---と向き直った。 ーこの辺でいいか。ー  頼隆の両手が再び宙を舞った。仄かに白煙が発ち昇り、もう二人、地面に倒れ伏した。ひとりは足を、今ひとりは右腕を押さえてのたうっている。 ー残りは、七人---?ー  頼隆の短筒が近づこうとする男達を次々と撃ち抜いていった。静まり返った山合いに銃声が響き渡る。 「おのれ、何やつ!」  誰かが、叫んだ。遠巻きに取り囲む男達の真ん中で頼隆の頬が冷たく微笑んでいた。  頼隆は固唾を飲む男達を見据え、再び懐に手をやった。じり---と男達が間合いを詰めてくる。誰かが、刀を振りかぶったその瞬間、頼隆はするりと手を伸ばし、勢い良く小袖の両裾を払い除けた。白い脛が月光の下で艶めいて、男たちの視線が浮いた。その直後、頼隆の両手には、鋭い光を放つ刃を握られていた。男達は息を呑み、怯んだ。  頼隆の唇がふふ---と笑った。 「白勢頼隆、推して参る!」  望月の下、頼隆の両手が優美にそよぎ、冴え冴えと光を放って白刃が踊った。 ー白勢の鬼神--- ! ー  気付いた時には、もはや男達はすべからく斬り伏せられ、無事な者はいなかった。 「御前様-- ! 頼隆さま!」 「遅いぞ、柾木--。」  見遥かすと、山道を必死に駆け上がってくる柾木と、その後方に微かに馬の嘶きが聞こえた。トビが伝えに走って小半時---まぁ想定の範囲内だ。  頼隆は、ふ---と傍らの太い松を見た。 「おぃ--」  血に濡れた刃をかざし、松の傍らに潜む影に詰め寄った。 「こんな所まで、何用だ。」 「これはしたり---」 くっくっく---と小さな笑い声がして、大柄な影が頼隆に近寄ってきた。輝信だった。  「難儀をしてるようだったから、助けてやろうと思ったんだが---いらぬ世話だったようだな。」  「当然だ。」  頼隆は、ピタリと剣先を輝信に向けたまま言い放った。 「去ね。」  ジリジリと間合いを詰める。 「こんなところで、我れの、奴らの刀の錆になりたくはなかろう。」  ふと輝信が眼をやると柾木の白髪混じりの頭が駆け寄ってくるのが見えた。 「確かに、ここで骸になるわけにはいかんな---。また会おうぞ、頼隆。」 「今度は戦場でな。」  「それは御免蒙る、別嬪さん。」  冷たく言い放つ頼隆に、輝信はまた、カラカラと笑って、ゆっくりと闇に消えた。 「遅いぞ、柾木。」  頼隆は、息を切らして近寄ってくる柾木にニヤリと笑いかけた。柾木は、去っていく影に眉をひそめた。 「あれは---」 「捨て置け。只の見物人だ。」  血振りをして、駆け上がってくる馬を迎えた。全身に血飛沫を浴びた頼隆に、顔を真っ青にして、直義が駆け寄ってきた。  「頼隆!」 「案ずるな、無事じゃ。---尾上攻めのいいネタが出来たぞ。」 「お前というヤツは!」  頼隆は、顎でクイッ---と足元を示した。獲物となった慮外者のほとんどは絶命していたが、二人三人ほど息があるのを、直義に着いてきた弥助と治平が捕縛した。 「頼隆、出せ。」  直義は、ほ---と息をつくと、頼隆に向かって、ぐいと手を出した。 「何のことだ?」 「その懐にあるものを出せ、と言っているんだ。」 「爺さまからの賜り物だぞ。」  渋る頼隆に、これ以上無いくらい眉を吊り上げて、直義が怒鳴った。 「出せ、と言っているんだ!」  直義の剣幕に、頼隆は仕方なく短筒を差し出した。仕込んでいた刀も没収され、直義の馬に乗せられた。  ー時計なんて買ってやるんじゃなかった---ー  頼隆は背中越しに直義の説教を聞きつつ、心の中でぼやきながら城へ戻った。 ー女の着物というのも、仕込みがしやすくて良いのぅ。ー と床の中で迂闊に言って、また怒られた。  その夜の『折檻』が、いつにもまして激しかったことは言うまでもない。  後日、買い求めた品々を見て、柾木が青ざめた。が、『土御門さまには、あんじょうお世話になっておりますので、お代金はいりまへん。』と南蛮品の店主に言われた---という頼隆の言葉に胸を撫で下ろした。  実際には、店の奥にいた設楽輝信が店主に代金の肩代わりを申し出たのだが、当の頼隆には知るよしも無かった。  その数ヶ月後、鷹垣の城に戻った頼隆に、設楽輝信からの『献上の品』が届いた。  それを見た直義と頼隆は、二人が二人とも思い切り眉を吊り上げた。 ーあンの野郎---!!ー ーあの男---!!ー   それは、黒地に望月、裾回しの金砂の地面に、真っ赤な曼珠沙華が咲き乱れている様が刺繍された『打ち掛け』だった。  添えられた文には、殴り書きで一言。 ー 懸想致し候 (惚れた!)。ー

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