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第3話 相国入道 一

 「遮那王は、何処じゃ。」  慧順の庵の戸を乱暴に開けて、踏み込んできたのは、平家の雑色ふたり。そして、その背後から形ばかりの僧形の男---放つ気は猛々しく、年齢にそぐわぬ強烈な雄の匂いを放っている。 相国入道すなわち平清盛は、ズカズカとふたりの居る庵室へと踏み込んできた。 「相国入道さま、これにございます。」  牛若丸は、真っ青になりながら頭を床板に擦り付けた。その顎を節くれ立った太い指がくい---と持ち上げた。鋭い獣の眼差しが、牛若丸をじっと見詰めた。言い知れぬ恐ろしさに身震いがする。  しばし牛若丸を眺めた清盛は、ふん---と鼻先で笑い、突き飛ばすように、その手を離した。 「そなたではない。」  慧順と牛若丸は、ふたりながら身をすくませた。まさか------ごくり、と生唾を呑み込んだ。  清盛は、口の端を歪め、怯えるふたりをせせら笑うように言った。 「儂が会いたいのは、義朝めが常磐(御前)の腹を使って、この世に降ろした魔王の子よ。」  知られていた------。遮那王の存在は秘中の秘であったはず。しかも、源義朝が自ら魔王を降ろして愛妾に宿らせたなどとは、慧順も牛若丸とて知りえぬ話だ。 「何処におる?」  詰め寄る清盛、怯えるふたり------。その背後から、妙なる笛の音のごとき声が流れてきた。 『此方におる。会いたければ、そなた一人で来よ。相国入道------いや、清盛殿。』  振り向けば、人の姿は無い。雑色と牛若丸、慧順は思わず辺りを見回した。  が、清盛はくくっ---と小さく笑っただけだった。そして震える牛若丸に、一声。 「案内せよ。」  猛獣の唸り声にも等しいその言葉に、牛若丸が逆らえようのあるはずも無い。平伏して、つんのめるように草履を引っ掛け、魔王殿への木の根道へと清盛を誘った。    突然に立ち込める濃い霧に、雑色達は刀の柄に手を掛けた---が、清盛は平然と牛若丸に追いて道を進んでいく。清盛は朧気に遮那王の居る堂が見えてきたところで、雑色達に命じた。   「ここで、待て。」  牛若丸は、堂の入口に差し掛かったところで、その扉が僅かに開いているのを見て、息を呑んだ。 『参られよ、清盛殿。牛若はそこで待て。』  直接に脳に響くような、この世ならぬ声音に牛若丸は身震いし、清盛は、緊張を振り切るように、大きく息を吐き、堂宇の中に足を踏み入れた。

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