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第10話 高橋先輩が心配です。

 何故そんな事態になったのか、落ち着いて考えてみよう。そもそもはぼくが早とちりをしたのが悪いのだが……。  小雨の朝、傘をさしながらぼくはいつものように先輩に挨拶をする為に張り切って登校した。 「高橋先輩、おはようございます!」 「あぁ、小峰おはよう。一昨日はありがとうな」  青い傘をさす先輩は、何度もお礼を言ってくれる。  ラインでも入れてくれたのに、また直接言ってくれるなんて、なんて優しい会長なのだろう。  先輩は口に手を当てて、たんの絡まったような咳をした。 「あれ、先輩、風邪ですか?」 「うん、そうみたい。でも大丈夫。薬飲んできたし」 「えぇ、あんまり無理しないでくださいね」 「ありがとう。でも本当に大丈夫だよ。病は気からっていうし、あんまり気にしないでおくといつも酷くなる前に自然と治ってる事が多いんだ。こうやって動いて元気にしてた方がいいんだよ」  先輩は笑いながら、腕をブンブンと回した。傘についた水滴が飛び散ってしまい、慌ててぼくの制服をハンカチで拭ってくれた。  季節の変わり目だし、最近気温差が激しいからかもしれない。自分のクラスも何人か欠席者が出てるし、先輩がちょっと心配だった。  けれど学年の違うぼくではどうすることも出来ない。昇降口に向かって歩いている最中、一人で歩く聖先輩を見かけた。  ぼくはピンときて、聖先輩の元へ掛けていった。 「先輩。聖先輩」  ゆっくりと振り返った聖先輩は、土曜日に会った時よりもブスっとしていて、あまり持ち上がっていない瞼が今にも閉じてしまいそうだった。  じろ、と黒目を動かして、ぼくを見つめてくる。  (ひっ、怒ってる! あ、そうか、高橋先輩がこの人は朝はさらに機嫌が悪いって言っていた)  聖先輩はキョトンとしたまま、ゆっくりと口を開いた。 「えっと、お前の名前は……」 「一年の小峰です。あの、土曜日にお会いした」 「あぁ、そうだ、小峰」 「はい。あの、高橋……歩太先輩が、なんだか調子悪いみたいなんです。最近風邪も流行ってますし、歩太先輩のこと、クラスでよく見てあげてくれませんか? ほんとうはぼくが見れたらいいんですけど、校舎も違うし。お願いします」  うるるん、とでも言うように目を潤ませて聖先輩を見る。ぼくの得意技である。か弱い草食動物のように振る舞えば、すぐ首を縦に振るに違いない。  けれど聖先輩は違った。  あの時みたいに表情を変えぬまま無言で、しばらく微妙な空気が二人を纏った。 「それ、計算なの?」 「え、それって?」 「その女みたいな顔すんのとか、小首を傾げるのとか」  ボッと顔に火がついた。面と向かって指摘されるとかなり恥ずかしい。  ぼくは精一杯「これが素のぼくで、何をおっしゃってるのかよく分かりません」という風に装い、唇を尖らせた。 「可愛いとはよく言われちゃいますね。女顔とかも」  へへ、と笑うと、先輩はようやく笑ってくれた。けどそれは鼻で笑うような、人を小馬鹿にするような笑いであった。 「お前、面白いな」 「へっ、面白い?」 「うん。見とくよ、歩太のこと」  何が面白いのかは理由を話さずに、聖先輩はそう言って一人三年の靴箱の方へ向かっていった。  まぁ何はともあれ、高橋先輩の事は頼んだぞ、と心の中で呟き、僕も外履きから上履きへ履き替えた。

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