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第29話 乙葉と恋バナ

「小峰」 「はい」 「今日、一緒に帰れないかも」  特にそんな約束はしていなかったし、むしろその方がありがたい。  はい、とすんなり返事をすると、先輩はまたジト目でぼくを見つめた。 「なんか嬉しそうだな」 「えっ!! いえそんな。超寂しい。どうして帰れないんですかぁ?」 「その言い方やめろ。練習だよ、今度の球技大会の。友達にバスケ教えなくちゃならなくて。場合によっては明日も無理かも」 「あ、そうなんですか。了解です」  よろしく、と軽く言って先輩は今度こそ建物の中に消えていった。  ぼくはため息を吐きながら教室へ向かう。  聖先輩って、優しいんだか怖いんだかよく分からない。それに加えてミルクとかいってぼくをからかうし。先輩なりのユーモアなのかもしれないけど、昨日の今日じゃあまだまだ謎が多いひとだ。 「雫、おはよう」  教室へ入った途端、親友の乙葉(おとは)に声を掛けられた。 「おはよう。乙葉に話したい事がめちゃくちゃある」 「え、て事は上手くいったって事?」  乙葉には昨日の昼休み、張り切って高橋先輩に告白してくると言ったのだが、どうなったのかは伝えられぬままだったのだ。  ぼくは意味深に首をゆっくり横に振った。 「え……あぁそっか……まぁ、元気出せよ」 「いや、フラれていない。というか、本人にちゃんと告白出来なかったんだ」 「あれ、そうだったの?」  話が長くなりそうなので昼休みに持ち越すことになった。  食堂で菓子パンと紙パックのジュースを買ってピロティへ行き、ベンチに並んで座る。  高橋違いの人と何故か付き合う羽目になってしまったんだと説明すると爆笑された(我慢出来ずにヌいてもらったという事は伏せておいた。恥ずかしいから)。 「何それ何それー! すっごく面白い展開になってたんだねぇ」 「全然っ! 面白くなんてないよ! こんなこと歩太先輩にバレたくないし、なんとか聖先輩を傷付けないでスッキリ別れられたらいいんだけど……」 「ふふ。聖先輩を傷付けたくないって、好きでもないのに好きなフリしてる時点ですでに傷付けてんじゃん」 「そ、そうだよね……」  いたたまれなくて俯いてジュージューと液体を吸う。  やっぱり一番最初に言うべきだった。昨日の同じ時間にタイムスリップしたい。 「聖先輩は、雫と付き合っていくのに抵抗はないんだね?」 「うん、ないみたい。ぼくとだったら大丈夫だって言われた」 「ふぅん。じゃあずっと雫が好きだったって事かな?」  実は昨日先輩の家で秘密の時間を過ごしたという事実は、いくら相手が気心知れた乙葉だとしても言いづらかった。  きっと雫の可愛い顔に惚れたんだね、と勝手に結論付けた乙葉はジュースを飲み切って近くのゴミ箱へ向かって投げ捨てた。  一発で入ったので関心する。 「あ、ほら見て。噂をすればじゃない?」  乙葉は遠くを指さした。その先には数人のグループで歩いている生徒たちがいて、その中に一際目を引く明るい蜂蜜色の頭の男がいた。

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