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第9話
睦まやかなさまが癇に障ったとみえて、長が気色ばむ。息子にうなずきかけると、にたりと嗤う。
「祟りであれば、あれに生贄を捧げればよい。さすれば犬の魂は鎮まるであろう」
鹿爪らしげに髯 をしごくと、クヌギの樹を指さした。
粗略に扱うことなかれ、という卦 が占いで出たのを受けて、その根元に犬の銅像が祀られている。ちなみにそれは嵐の置き土産で、台座に〝ハチ公〟とある。
「災厄を招いたのはアモウで相違なかろう。しからば公平、且つみなが納得する方法はアモウが肉体をもって償う」
「馬鹿な、アモウはムラ一番の働き手だ」
「ならば、供物はサギリだ」
賛成、賛成、と拍手が起こった。
「わかったぞ、グルなんだろう。サギリにつれなくされた仕返しに企んだな!」
アモウが焚き火をひと跨ぎに、長に摑みかかった。
「長に歯向かう不届き者め!」
男たちが寄ってたかってアモウを殴り、蹴る。サギリは割って入るのももどかしく、アモウに覆いかぶさった。
羽交い絞めに引きはがされそうになっても、躰を固くして、爪先を地面にめり込ませて決して離れない。そして長を睨 めあげた。
「供物は、おれだ。腹いせだろうが、焼くなり煮るなり好きにすればいい」
「供物は生きたまま心臓をえぐり出されるんだぞ。身代わりになるなんて正気か!」
「おれは、おまえの兄だ。兄が弟をかばうのは当然のことだ。それに……」
長への怒りに燃える双眸を見つめて、莞爾と微笑 う。
「あの絵本のトラ猫は白い猫に殉じたが、おれはおまえを信じて命を賭 する。必ずや生まれ変わって、おまえと契りを結ぶ」
長がにんまりとして、両手を打ち鳴らした。
「決まりだ、しきたりに則って満月の夜に魂鎮 めの儀式を執り行う」
早速、クヌギの枝で檻が組み立てられた。サギリがハチ公の像のかたわらに据えられたそれに入ると、見張りを残して全員、それぞれの小屋へと引きあげた。
焚き火も消えて、ほどなくムラは寝静まった。
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