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第三部『夢の花綵(はなづな)』「夢うつつ夢うつつ」14
結果からいうと、おれは彼女の〈家〉の史料を一時預かりという形で根こそぎセンターへと引っ張った。契機となったのは、あなたの師匠の尽力だった。ふたりの交友はあのひとの歌の師宛ての手紙に記されていた。その息子が学者としてうちの大学に籍を置いていて、その手助けもあった。親族はあのひとへした冷酷な仕打ちを悔いていた。おれはそこを刺激した。交渉は有利に運んだ。
あなたはそのあたりのことを知らない。いや、知ろうとはしなかった。または、当時あの男との関係に夢中で忘れていた。
おれはそのまま彼女と一緒に海外研修へ出た。彼女はもの言いたげな、さびしそうな目でおれを見た。おれを好きなのだとわかっていた。
それだけでなく、おれもまた、あなたと離れて気がついた。おれは確かにあなたの翼を撓めていたのだと。
あなたは弟子を一人前にさせられなかった。何故なら彼女が処女であるから。すでに十二分に夢使いとしての技量のある弟子を、そのためにどうしても独り立ちさせられないと思い詰めるあなたは、夢使いにとって性的な事柄が重要事であると認めていた。
それなのに、自身を性的な存在としてけっして認めようとはしなかった。ただ拒んだだけでなく、あなたは依頼人と性的な事柄に触れること自体を厭うた。つまりその説明をすべき夢見式をあなたは執り行わなかった。自分には弟子がいると断っていたが、夢見式は夢使いの素養をもった後継者を見つける契機でもあった。あなたは優秀な夢使いなのだから後進の育成にも励むべきと看做されてもいたにも拘らず、それを堂々と怠った。
けれど、間違いなく、そうした呪縛を仕掛けたのはこのおれだ。
初めておれの家に来たあなたは眠ってもらわなければ仕事にならないと口にした。それはつまり女性と寝台を共にして満足を与えていたという意味だ。おれは独り勝手に、あなたを童貞だとばかり思っていた。あなたに告白する前、夢であなたを犯すじぶんのみだりがましさにおれは心底参っていた。コンビニの事務所でロッカーにあなたを押しつけて襲う自分に呆れ果てた。あなたの身体の熱と金属の冷たさ、ガタガタと軋む立てつけの悪い扉の音さえ忘れていない。告白したのは、そうした夢の生々しさに耐えきれなかったせいもある。
おれはあの日、初恋の相手について話した。あのひとに何もしてあげられなかったと。奪うだけだったと。追い詰めて苦しめたと。あなたにはだから、そうしたくないと。
あなたにはそうしたくない。
いったい全体おれは何を口にしたのだろう。おれはたしかにそう言った。あなたにはそうしないと誓ったはずなのに。
また、くりかえしている……。
だからおれは彼女と結婚しようと考えた。
そして、おれがそういう計画を立てていたとき、あなたは死の底に沈められようとしていた。繋がれて犯され、さらには夢使いとしての能力を奪われそうになっていた。
あなたを孤独に追いやったのはおれだった。あの男がそばにいればあなたは守られていたはずだ。
しかも、あなたをそこから救い出したのはおれではなかった。
だから、
もうそろそろ、
あなたの傷が癒えたなら、
この関係を終わらせようと思っている。
おれがいなくても、あなたは生きていける。あたりまえに。ごく当然のことだった。
だからいっそ、おれはいないほうがいい。
このマンションの名義はあなたのものだ。あなたがここに帰ってきて眠るのは当然のはなしだ。おれが出ていくのが筋だ。そのくらいおれにだってわかっている。あなたはこの街に弟子もいる。その母である従姉、あなたを救い出したひとがいる。
あの男の行方は確かめた。あなたがその後いちども連絡をとっていないことも知っている。それでも、おれがいなくなって、あなたには別の誰かが必要かもしれない。
教授には話しをしてある。了解は得ていない。けれどもう、おれの気持ちは決まっている。
おれは、それを今ここに記している。
いつかあなたがこれを読んで、おれの気持ちを知るときがあればいいと身勝手なことを願いつつ。
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