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第49話 天使たちの探し物
陽射しも柔らかな、まったりとした午後に大学の食堂で先輩を見かけた。相変わらずたくさんの人に囲まれている。
その集団の中心は成績優秀で運動神経もバッチリな優れたαの人達と、Ωの中でも特に可愛らしいと言われてる人達で、その一帯は特にキラキラしている。神々の周りを可愛いキューピッドちゃん達がキャッキャウフフと飛び回っているような別世界だ。もちろん中央でひときわ神々しく燦然 と輝いているのが我らが李玖先輩です。眩しい……拝んじゃお。
先輩の側にいる可憐な天使は平泉さん、小悪魔チックな天使が天沼 くんだ。この二人の位置は定位置で、揃うとまるでルネサンス期の天使絵のようです。眼福だなあ。
「ひょー。今日もいっぱい引き連れてる。眩しいわ」
隣の田中くんの言葉にその向こうの安永くんが糸目でうんうんと同調した。
構内のこの建物は一階が食堂、二階がカフェテラスだ。はっきりと区別はされておらずどっちで何を食べてもいいんだけど、お洒落な人達は二階へ行ってカフェをするから自然とそう別れてる。僕らは一階のテーブルでうどんとカレーと日替わりランチを食べながら、二階のカフェテラスにぞろぞろと移動していく集団を見ていた。
二階に続く階段は右と左の二ヶ所、奥の廊下はそのまま本館に繋がっている。
二階は吹き抜けで、胸の高さほどの強化ガラスで一階と仕切られている。ガラスに近いテーブル席は上から下の様子が見渡せて開放感がある。
ここからもその場所の様子は分かり、見上げると、テーブルに付いた先輩の両脇に平泉さんと天沼くんが座ったのが見えた。その近くの場所をΩの人達が取り合いをしながら座っている。
平泉さんというのは名門平泉家の嫡男 「平泉綾音 」さんで、楚々 とした雰囲気の可愛らしい方だ。すぐ後ろでカップのジュースをストローで飲んでるのがβの幼なじみ、涼平くん。二人は小さい頃からとても仲が良く、綾音さんに近寄る悪い虫を涼平くんが退治するという親公認のボディーガードだとか。
左隣の「天沼淳也」くんはドラッグストアで有名な天沼商会の一人息子。小悪魔チックなのが魅力だ。
天沼商会はここ数年で美容機器やジムでも有名になっているから、天沼くんのスレンダーなモデル体型にも納得がいく。高校の時は雑誌のモデルをしながら学校に通ってたらしいけど、今は学業優先で大学に専念してるって。確かに芸能人みたいに服もヘアスタイルもお洒落だ。何よりΩながら勝気な雰囲気が大人しい場所にも力を与える。華やかに盛り上げる力は、美の総合商社ならではだ。
でも、そんな二人も先輩の横だと霞む。先輩が完璧すぎるんだ。
細身に見えるのに張りのある厚い大胸筋から引き締まった腹筋へ流れるラインはメリハリがあり、腰から伸びる足はすらりと長い。まるで彫刻のような美しい骨格と筋肉だ。折り返したシャツの袖口から見える手首にはなぜか男の色気があり、長い指先は綺麗に整っていて、ちょっとした動きでも美しいラインを描く。
ゆるく癖のある柔らかな髪、透明感のある肌、すっと通った鼻筋。長いまつ毛に縁取られたアーモンドアイの曲線は芸術的で、注がれる眼差しは慈愛に満ちている。優しいオーラは全ての罪を包んで赦してくれそうだ。
でも外見だけじゃない。人並み外れた知能と身体能力、そして人ならざる魔法のごとき能力。
全てを神に計算されて作り上げられた人、それが稀少種、藤代李玖。
「ほんとに同じ人間かよ。あんな恐ろしい存在この目で見てても信じられねえ。しかもそれが平凡の代表のような俺のダチと」
「田中くん今日のコロッケ絶品!」
「むぐっ」
安永くんが食べかけてたコロッケをいきなり田中くんの口に突っ込んだ。
モグモグモグモグ、ゴックン。
「うめえ」
「それは良かった」
安永くんはニコリと笑い、そのまま辺りの様子を伺って誰もこっちを見ていないのを確認してそっと息を吐いた。ありがとう安永くん、美味しくて良かったね田中くん。
この二人には僕が先輩の番 になった事を話していた。
実は、高村さんに運命の鎖を切ってもらった報告をした時に高村さんの周りにも人は居たし、この二人もそこに居た。でもその時の事を誰も覚えていないのだ。僕も先輩の腕の中で眠ってて、先輩と高村さんの二人だけで話が行われていた。だから、僕はまだ周りから高村さんの運命の番と思われてるらしい。
僕としてもまだあのキラキラ集団に入ってく勇気はないからその方がありがたい。というか、何度考えてもあそこは無理!周りからの冷たい視線が怖いよ。
「ところであの人、世の中の汚れは何も知りません、みたいなオーラ出してるけど大丈夫なの?ちゃんと発情期 の相手出来るのかな」
田中くんが声を潜 めて喋ってくれた。
その言葉に僕は遠い目になった。
心配には及びませんよ田中くん。ああ見えても先輩、
とってもえっちいです
「じゃないと子孫繁栄できないぞ」
きっと目を見ただけて妊娠できますよ
君たちは先輩の舌なめずりを知らないから。あれは獲物を狙う肉食獣の目でしたよ。僕なんてあっという間にペロリですよ、子供ポロポロ産んじゃうよ。ちょっと前まではそんな想像全く出来なかったけど、今なら現実になりそうで怖い。だって、あの目に見つめられるだけでもうダメなんだ。頭がぼぅっとなって、あそことかこことかがジン……って痺れるし、くりっ、て捏ねられる感覚は、あれは反則だよ、気持ちよくて声が抑えられな……って、だ、駄目だ!ダメ!思い出すな!
ブンブンと頭を振る僕を見た二人が、あれ、って顔してふーん、ってニヤニヤした。
「真っ赤っ赤」
「なんだ、心配して損した」
うっ、すいませんねバカップルで。
これも全部先輩のせいだぞって上を見たら、先輩も僕を見てて、ふ、って笑った。蕩けそうな優しい笑顔にズッキューンとなり、ますます赤くなっていく。
と、先輩の周りが一斉にこっちを向いて睨んだ。
ギョッ、なんだその迫力。鬼気せまってて恐ろしい。
平泉さんは泣きそうな顔だったけど、相手が僕だと分かって幾分ホッとした表情になった。天沼くんには何だお前か、って鼻で笑われた。失礼な奴だ。そのあと他に誰かいないか探しているみたいだった。
他のΩの人達もキョロキョロしてる。何かを探してる?
田中くんがやべーと呟いた。
「晶馬、あいつら刺激しないように気を付けろよ。近頃ピリピリしてるんだ。可愛い後輩とはいえ藤代さんのお気に入りだ、お前にも何するか分かんねーぞ」
「分かった」
いったい何を探してるんだろ。何か分からないけど、あの集団ますます苦手になりそうだ。
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