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(番外編)秘薬・3〈 side.晶馬 〉

今、(ちまた)ですっごい話題のアダルト動画があるんだけど、みんな知ってる? 『初公開、運命の(つがい)たちの発情期(ヒート)!脳髄を(とろ)かす官能、女王様は夜は奴隷』 っていうタイトルでね、有料サイトのダウンロード回数もDVDの売り上げも、AV業界では累を見ない凄い数字を叩き出してるんだって。 これを制作、発売してるのがなんと天沼商会。商会はこの作品でAV業界に参入して世間の注目を浴び、そのあと続編をシリーズ物として制作すると、売り上げも知名度も一気に業界トップに躍り出た。 動画の主演は天沼淳也くんで、シナリオや監督も全部淳也くん自身でやっている。そしてお相手約は淳也くんの旦那さんだ。旦那さんが誰かって?僕たちがもめた時に淳也くんが用意してた、僕の新しい|番《つがい》候補だった人だよ。薬入りのコーヒーを手違いで自分が飲んでしまい、その人と恋に落ちたんだって。 りぃに教えてもらったんだけど、コーヒーの中に入っていたのは惚れ薬じゃなくて運命の番にする薬だったそうだ。淳也くん、その人のこと下衆(げす)って言ってたから運命の鎖で繋がれてちょっと気の毒。 「気の毒?なんで。自業自得じゃない」 「そうだけど……淳也くんは僕を追い払ったあと自分の実力でりぃを落とすつもりだったんでしょ?それだけ自分の美貌に自信があったんだよ。美貌を維持するためのエクササイズや食事制限って大変じゃない。大学に入るまではモデルと学業を並行してたし、色々ありながらもずっと努力してきた人なんじゃないかなって」 目指した方向は間違ってたけどさ、努力した事は報われて欲しいじゃないか。 「晶馬くんは人がよすぎる!キミ危うくその下衆と番にさせられるところだったんだからね!」 りぃがぷりぷりと怒っている。そっか、りぃはその様子をどこかで見てたんだった。ハラハラさせたよね、ごめん。 「まあ、転んでもただでは起きない根性には僕も感心するけどさ」 商魂たくましいよね、と僕の後ろからパソコンのモニターを呆れた顔で見ている。 運命の相手と出会った淳也くんは、あれから大学を去り、その後この作品を制作したのだ。そう、運命の番になった彼らは、自分たちの発情期(ヒート)を撮影して、演出などの加工を加えて販売しているのだ。 努力は報われたといえば報われた……のかな。 動画の販売以来、淳也くんは、テレビやウェブサイトなどのメディアにひっぱりだこになってて、もはや芸能人だもの。でも、どの番組にも旦那さんと一緒に出てるから、宣伝の一環なんだよね。 番組の中で淳也くんは高慢な態度で旦那さんに辛辣(しんらつ)な文句を言い、ヘラヘラする彼をあごでこき使っている。のらりくらりと言い訳しながらも従う旦那さんは、完全に尻に敷かれた夫だ。高飛車で美しい嫁と尻に敷かれた夫の組み合わせは、世間に女王様とチンピラの関係性を印象付けている。 ところが動画の中ではこの立場が逆転する。チンピラは体躯に見合わないご立派なイチモツで女王様をガツガツと責め立てる獣になり、高慢な女王は巨根を深々と突き立てられ、終わりのない責め苦にメス堕ち。嬌声を上げて卑猥なポーズで更なる行為をねだる性奴隷となる。 この逆転劇が現代社会で抑圧された男性諸君の征服欲を心底満たす。SNSのハッシュタグにも、女王さま、高嶺の花、メス堕ち、ざまぁ、スカッと、下衆バンザイ\(^o^)/、などゲスいタグが散々貼られている。 こういう下剋上モノ、男の人たちホント好きだよね…… それに彼らは<運命の番>だ。それは現代のおとぎ話的存在であり、その|発情期《はつじょうき》はこの世のものとは思えない快楽だと噂されている。それは本当なのか、だとしたら一体どんな行為が行われているのか。 未知への興味というものは世代を問わない。数奇なる運命の存在に純粋に興味を持つ者もいれば、快楽の正体に興味を持つ者もいる。後者は特に夫婦関係がマンネリになっている中高年世代の人たちに多く、DVDを我れ先にと購入しているらしい。 さらに、主演はモデルの経歴を持つ若くて美しいΩだ。テレビやマスコミに取り上げられ話題の人となった淳也くんは、次世代のカリスマ的存在となりつつある。その彼が出演する動画は、若者がアダルトビデオを手に取るハードルを下げた。 また、彼が運命の番と出会った事実は、半ば都市伝説である出会いが現実のものだとだと知らしめ、うら若き女性と恋に恋焦がれるΩにまだ見ぬ相手とのロマンスを|抱《いだ》かせた。そこで、新たにベッドシーンが軽めでストーリーを重視したロマンス風味のAV作品も制作された。こちらのお相手役は甘いマスクの人気俳優だ。主人公が運命の相手である御曹司と突然出会い、身分差を超えて結ばれる……という王道ど真ん中のシンデレラストーリー。 王道って皆が好きだから王道になるんだよね。使い古された筋書きだろうとも、これが売れない訳がない。この作品も売れに売れ、ロマンスポルノという新しいジャンルを確立した。そのAVに出演するオメガ達はロマンスΩ、略して『ロマおめ』って呼ばれてて、その人達もこの頃テレビでよく見かけてる。そのうち天沼商会に芸能事務所が設立されるんじゃないかな。 ……というわけで、この動画は老いも若きも、性別すらも超えて話題になっている。中身は知らなくてもその存在はみんな知ってるっていうくらいの社会現象なんだ。 そして、淳也くんはその動画の売り上げと巷の話題性を追い風にして、そのまま商会の会長になっちゃった。いくら一族で経営している企業の一人息子とはいえ、二十代前半で、しかもΩなのにトップに就任したんだ。アダルトビデオに出演してる会長だなんて前代未聞。そりゃあ世間も驚くよ。 僕は、パソコンの検索ニュースに載っているその記事を読みながら、そんな事をつらつらと考えていた。 話題の記事にはサイトのアドレスが貼ってあり、何気なくクリックすると天沼のアダルトサイトに飛んだ。画面の下の方にはシリーズの小さなバナーが並んでいて動画のサンプルが動いている。中央には勝手に画像が浮かび上がり、肩を露わにした淳也くんが薬指を唇に当てて艶めかしい姿で流し目をしていた。うわあ、色っぽい。 画像はそのまま勝手に流れ続け、だんだん過激さを増して全裸で絡み合う写真まで出てきた。結合してる部分にはモザイクが掛かってるけど、深くまで入ってるのがばっちり分かる。真っ白な太もも、のけ反ったあご。うわ、わわわ……。 知ってる人のそんな姿なんて普段は見る機会なんてない。こっそり覗き見してるようでとてつもなく後ろめたい。僕には刺激が強すぎる。やめよ、と画像を閉じようとしたら、手が滑ってサンプル動画のバナーをクリックした。途端に尻の媚肉がぶつかるパンパンという破裂音と、高い喘ぎ声が大音量で部屋に響く。 「あぁー!あっ、あっ、イク、イクぅっ!かけてぇ、子宮にスペルマぶっ掛けてぇ……あっ、ああっ!あああ!!」 ちょうどフィニッシュのシーンだった。結合部分をアップで撮っていたカメラに噴出した体液が掛かり、レンズに垂れた。 「出てる……子宮に出てる……あん……気持ちイイ……精子……きてるぅ……」 繋がったままの腰を高く上げて、前から迸りの糸を垂らしながら、腰と太ももを痙攣させている淳也くん。 「あん……キモチ、イ……」 ベッドの前方に手を伸ばし猫の背伸びのようなポーズをとる。二の腕についた精液を舐め、おいしいご飯に満足したといわんばかりに口を半開きにしたまま周りもぺろりと舐めた。別カメラに体液が付いているのに気づくと、それに顔を近づけていく。カメラが切り替わり、画面に向かってくる顔がドアップになり、舌が影を落として画面を舐める。 僕がうわわっと驚くと同時に、後ろに立ってたりぃが小さくうぇ……って呻いた。 息を荒くして腰を震わせていた旦那さんが、埋め込んでいたご立派なイチモツを胎内から取り出す。ズルルッと出てきたブツの長さと大きさにぎょっとした。アレが中に収まるなんて嘘だろ、って僕でさえ思う。観る人たちには、さぞ衝撃だろう。演出用の作りものだと疑うよね。 だけど僕は知っている。あれは作りものなんかじゃない。アレにΩの子宮に直接触れられる強烈な快楽を、僕も身をもって体感している。 |発情期《ヒート》でりぃにうなじを噛まれて乞われると、僕の体は骨が抜けたように力が抜けて骨盤が緩み、人並み外れた灼熱を受け入れられるようになる。そして最奥に隠している彼にしか許さない場所を開いてりぃを誘い、りぃは僕への愛をそこに注ぐのだ。その激流はとても熱くて激しくて果てがなく、直接最奥に射精されると、僕からもりぃを狂わせる体液が出始めて快楽のループが始まる。そうなると、頭も体も蕩けた僕は全てをりぃに明け渡して快楽に泣きながら朦朧と終わりを待つしかない。 だけど淳也くんは僕ほどダメージを受けてないような……。もしかして僕が気持ちいいことに弱すぎるの?いや違う、りぃが絶倫なんだ。稀少種って体力お化けだからさ…… もともとペニスの巨大化は稀少種にしかない特徴だった。だから発情期(ヒート)で子宮に触れられるのも彼らだけだったけど、稀少種だった医師が運命の番を作った際に自分の特徴をワクチンに組み込んだのだ。 これこそが運命の番の<この世のものとは思えない快楽>の正体。彼らと、稀少種だけが行える行為。 僕とりぃの秘密の行為が、モニター越しに行われている。 こうやって客観的に見たら、なんてエロくて、激しくて、グロテスクで破廉恥なんだ。 きっと僕もあんな風にお尻の穴がいっぱいに広がって、あんなに奥まで入ってて、あられもない声で身悶えている─── (恥ずかしい!) 唐突にカッと頬が火照った。頭に血が上り、顔がブワッと真っ赤になった。 僕の発情期(ヒート)が見られてる気がしたのだ。 これを、何万、何十万、何百万の人たちがモニターの向こうで見ているなんて。 恥ずかしくて、恥ずかしくて、死にしそう。これを見ている全ての人の目を今すぐこの手で隠したい。このままベッドに飛び込んで頭から布団かぶって隠れたい! 石のように固まっていたら、りぃが後ろから僕の手の上に自分の手を重ねた。 「ばっちぃから見ちゃいけません」 マウスを握ってサイトごとゴミ箱にポイッ。 「もうしない……発情期になっても、僕もうアレしない……」 画面が消えてもショックと恥ずかしさで動けず、モニターを見たまま涙目で訴えた。 「言うと思った……するから!嫌がってもするから!強姦で始めて和姦で終わらせるから!あんあん言わせてもっともっとってねだらせるから!」 「うわぁ!なんてこと言うの!」 ビックリして、慌てて振り向いてりぃの口を押さえた。すると鼻息を荒くしていたりぃが急にしょんぼりとなった。 「晶馬くんはあれ見て僕とするのが嫌になったんだ……そうだよね、獣姦みたいだったもんね」 「え」 じゅう、かん? 「あんなの、もう人間のペニスじゃない。オオカミの特徴だか何だか知らないけど、デカくて長くて気持ち悪いったらありゃしない。相手もヨダレ垂らして腰振って、理性なんか失っててまるでケダモノだ。グロテスクなブツで獣みたいにガツガツ突かれて、まるで犬の交尾だ。分かるよ、そんな相手に自分が隠してた大事な場所を暴かれて直接出されるの、そりゃ嫌だよね」 「違う、そんなんじゃない、そんなんじゃないんだ」 僕は慌てて手を振った。 「りぃには、すごく大事に宝物のように触れられてる。触れられる全ての行為からりぃの愛を感じてるよ。獣だなんてとんでもない。りぃはどんなに夢中になっても自分勝手に僕を置いていったりしない。ずっと僕のことを見つめてて、その熱いまなざしが僕に情熱的な愛を伝えてる。動物みたいに本能の行為じゃない、愛を交わしてるんだ。僕は慈しみながら抱かれてる」 だから嬉しくて、気持ちよくて安心して、とても幸せな気持ちになる。そして僕も、りぃを受け止めながら同じ想いを返してる。りぃの蕩ける笑顔が僕の気持ちを嬉しいって教えてくれてる。 「それにりぃの息子さんは全然違うから。りぃの息子さんはあんなんじゃなくて、なんというか、品があるというか……」 「品」 「色だって薄い紅色だし形も弓のように綺麗な曲線だし、佇まいは美しいのに浮き出た血管がセクシーだから、つい引き寄せられてキスしたくなっちゃうし、」 「たたずまい……」 ふと気付くと、りぃの片方の口角がひくついていた。 そういえば誤解を解きたくて懸命に説明していただけなのに、いつの間にか息子さんを褒め称えている…… 「お気に召して頂けてるようで何よりです」 りぃがにっこりと笑った。 しまった、誘導に引っかかった! 「晶馬くんだってあんな女狐とは全く別だから。あの浅ましい姿には嫌悪感しか湧かないけど、僕にしがみついて身もだえる晶馬くんは、いじらしくて可愛らしくて、もう本当に最高なんだ。あんなのと一緒にしちゃ駄目だよ」 「嫌悪感?」 あんなに綺麗なのに? 「動画の行為は全部計算ずくだよ。カメラアングルも卑猥なセリフも、どれが一番効果的かよく分かってる。舌なめずりして色っぽく見せたつもりだろうけど、蛇が獲物を狙う目をしてた。カメラ越しにお金に舌なめずりしてるようにしか見えない。醜悪としか言いようがないね」 そうなの!?僕が最中の時はりぃに付いていくだけで必死だ。他の事を考える余裕なんてない。 「晶馬くんが僕に見せてくれる姿は、どんな仕草も素直でかわいい。気持ち良すぎて僕に縋りついてすすり泣く姿なんて、可哀想なのに可憐でいじらしくて最高。頭がおかしくなりそうなくらいそそられる。 そんな晶馬くんの姿は誰にも見せないよ。誰も見てない、僕だけが見てる。そうでしょ」 「……うん」 「僕がこの手であの部屋のカーテンを閉じれば、僕たちは世界でふたりぼっちになる。ずっとあの場所で独り占めしていたいくらいなんだよ。もしあの世界で晶馬くんが僕だけに見せてくれる姿を見る奴がいるなら、そんな奴……」 目ん玉くり抜いて脳みそ破壊して記憶を消してやる── ぎゃっ、いきなり病んだ! 金を浮かべた瞳が地の底から響くような声で物騒な宣言をしたから、僕はヒュッと震えあがった。 「なーんてね」 ハハッて笑ったけど、今かなり本気だったよね……こわ……。 でも衝撃発言の連発で動画のショックが吹っ飛んだ。りぃ、僕の気を紛らわすの上手だよね。ありがと。 「なんなら今からエッチする?」 「しません!」 違った、欲望に忠実なだけだった!

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