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獅琉、スイッチON
怒涛の初撮影から一夜明けた今日、俺は獅琉の部屋のソファでうつ伏せになり漫画を読んでいた。
昨日はあの後で事務所の人から二万円をもらったのだが、それはオナニー撮影の報酬だそうだ。顔出ししていることと俺の年齢や容姿を加味して二万円ということを言われたけれど、獅琉に言わせれば「まあまあ」なのだという。
ちなみに本番は一回セックスするごとに、内容にもよるけど俺の場合はノーマルで五〜七万もらえるらしい。一本の作品で三回セックスしたら最高で二十一万。正直言って、初体験を捧げる割には少ないと思った。
「女の子のAVとは給料形態も契約の仕方も全然違うよ」
獅琉はそう言っていた。
即金で報酬をもらう場合と、印税として作品の月の売上に応じて報酬をもらう場合とがあるらしい。どちらが良いかは人それぞれで、獅琉のような人気モデルは印税方式のほうが断然金は良いのだそうだ。これは山野さんが言っていた。
女優さん達も、人気で大金を稼げるのはトップ層のひと握りだと聞く。その給料がどのくらいかは想像も付かないけれど。
獅琉も初めは即金で報酬をもらっていたらしい。とにかく数をこなさなければお金にならないから、デビューしたての一番稼げる時にどのくらい勢いを付けるかが重要だと言われた。歳を重ねてから焦っても、その頃には作品のメインは張れないからだ。
初めに勢いを付けて知名度と人気を確保する。俺達の中で最年長の竜介は、それに成功したから今でもトップモデルとして作品のメインを飾っているのだそうだ。
……竜介は最年長といっても二十三歳、一般社会ではまだまだ若造の域。それでもこの業界の寿命は短いわけで、よほどの人気がない限りは二十代後半でメインモデルになることはない、らしい。
女優さん達もそうだけど、それなりに稼ぐためにはそれなりに頑張らなきゃならない。ちやほやされるのはデビュー直後の一瞬で、怠けていればすぐ後から来た新人に全てを奪われてしまう。
そうならないためにも今が肝心だぞ、と竜介が言っていた。
そんな中いま俺は、ソファに転がって漫画を読み、お菓子を食べている。獅琉は昼間からシャワーを浴びていた。昨夜は打ち合わせで遅くなって、風呂に入らず寝てしまったからだ。
ふいにインターホンが鳴って顔を上げると、モニターには潤歩が映っていた。今日も派手なTシャツだ。腕には相変わらずジャラジャラと色んな物がついている。
ソファから降りる前にドアノブが回り、潤歩が入ってきた。予め来ることが分かっていたから、鍵をかけないでおいたのだ。
「潤歩さん、おはようございます」
「――じゃ、ねえよ。お前、股間の具合どうだ」
「お陰様で落ち着いてきました。ちょっとまだ痛いですけど、ひりひりがなくなったのでだいぶラクに……」
「とか言ってうつ伏せになってんじゃねえかよ。手前の商売道具を雑に扱ってんじゃねえ」
「す、すいません」
慌てて身を起こし、きちんと座り直す。
「寝転がって物を食うな。体の管理は自分にしかできねえんだからな。体重の増減も仕事に影響するんだからよ、もっと自覚しろ」
「はい」
お小言を受けながら取り敢えず返事をすると、潤歩が部屋を見回して「あいつは」と訊いてきた。
「獅琉さんは入浴中ですよ」
「あいつマジ風呂好きだな。そのうちふやけて無くなるんじゃねえの」
「獅琉さんいつもいい匂いしますもんねぇ……」
「………」
潤歩がリビングから廊下に出て、脱衣所に入って行った。それから顔を出して俺に向かって手招きをする。
「どうしたんですか?」
脱衣所に向かうと、潤歩が人差し指を口元にあててニヤリと笑った。
この人、まさか覗く気では。
「………」
浴室から獅琉の鼻歌が聞こえてくる。
俺の予想は当たり、その場に片膝をついた潤歩がそっと浴室の扉を数センチ開き、無言で顔を近付けた。扉はよくあるスモーク的なものではなく、ちょっとオシャレな木材で、横開きのタイプだった。目線の高さにガラス窓は付いているが、しゃがんでしまえば中からは見えない。
「………」
無言で俺にも「覗け」と合図をする潤歩。慌てて首を横に振ると、舌打ちと共に腕を引っ張られて無理矢理しゃがまされてしまった。
確かにちょっと気にはなる。
俺はゴクリと唾を飲み込んでから、隙間に片目を押し付けた。
獅琉は何も知らず体を洗っている。当然ながら全裸で、こちらには背を向けていた。
真っ白い肌が浴室の明かりで更に白く輝き、その表面を滑る泡がキラキラと光っている。
――天使だなぁ。
形の良い尻に釘付けになっていると、潤歩に頭を叩かれた。
「代われ、バカ」
その場を譲り、渋々立ち上がる。鼻血が出なかったのは獅琉の体があまりに美しく芸術品のようだったからだ。
シャワーの音がして、体に付いた泡を流す姿を想像した。濡れた髪と伏せた睫毛が色っぽい。見ていないけど得意の妄想を膨らませつつ潤歩に視線を向けると、「コイツ体だけは満点なんだよな」「あー突っ込みてえ」とかブツブツ言いながら自分の股間を触っていた。
「潤歩さん。もうやめといた方がいいですって」
「何言ってやがる、てめえも覗いたくせによ」
「でもだからって、こんな変態的な真似を……」
「変態はお前だろうが、鼻血小僧っ」
言い合う俺達の真横で、突然――勢い良く扉が開いた。
「………」
「何やってんの?」
わざわざ見なくても網膜に浮かぶ、獅琉の満面の笑み。
「潤歩。……亜利馬?」
「ごっ、ごめんなさいっ……!」
咄嗟に頭を下げて謝罪し、きつく目を瞑る。叱られるのも殴られるのも覚悟の内だ。見てしまった記憶は消せないけれど、やっぱり悪いことは悪い。
「亜利馬」
「はいっ!」
「謝る時はちゃんと相手の目を見て」
「あ、――す、すみませんっ」
深く下げていた頭を持ち上げ、しっかりと目を開いたその瞬間――
「なんてね!」
「っ……!」
笑顔で仁王立ちした全裸の獅琉が視界いっぱいに映り、俺は盛大に鼻血を噴かせながらその場で気絶した。
「お前さぁ、本番の撮影の時どうすんの。鼻にティッシュ詰めたまま撮るのか?」
ベッドの上、俺はうちわで自分を仰ぎながら申し訳なさに縮こまる。
「すいません……頑張ります」
「頑張ってどうにかなんのかよ。『ブレイズ』のメンバーだから顔出ししないわけにいかないしな」
「結局は慣れだと思うんだよね。俺だって中学の頃はAV見るだけでドキドキしてたし。今じゃ誰の裸見ても何も思わないけどさぁ。自分に刺激がないと興奮しなくなったし」
シックな黒いバスローブを着た獅琉がミネラルウォーターを飲みながら頭を傾げた。
「本番までに訓練はした方がいいかもね」
「く、訓練ですか?」
「潤歩」
「おう」
いきなり後ろから潤歩に羽交い絞めにされ、俺の手からうちわが落ちた。
「な、何すんですかっ」
「訓練だろ」
嫌な予感しかしないが、俺のためにやってくれているというのは分かっている。俺は唾を飲み下して、背後に潤歩、そしてベッドを下りて俺の正面に回った獅琉が何をするのかをじっと待った。
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