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第1話 吸血鬼なのに甘すぎる件

「……俺、今お前に殺されかけた……」  そう、しみじみと呟く吸血鬼の声が、妙に嬉しそうで、なんか、腹立つ! 「ああ、そうだよっ! 僕はアンタを殺すつもりで向かって行ったのに……っ!」  全く歯が立たなかったんだっ!  吸血鬼の胸に突きさせば、確実に相手を滅ぼせるはずの白木の杭だった。  それを構えた瞬間。  僕の両手首は、吸血鬼の片手で簡単にひょい、と掴まれた。  そして、そのまま軽々と吊りあげられれば、僕の足が軽々二十センチ近く宙に浮くとか、信じられない!  うわ! ちょっと待てよ!  出会った時には、僕の方が少しばかり背が低いとは思ってたけど、こんなに差があるなんて!  しかも、両手をひとつかみにしてつりさげたまま、覗き込んで来た顔は、めちゃくちゃ整っていた。  吸血鬼なんだから、と言えばそれまでだけど、本当の意味で人間離れした美形、なんて反則!  そもそも今までお目に掛かった事がない。  黒絹糸と見まがう髪、血のように赤い瞳は切れ長だ。  鍛え上げられた身体に見合う腕力は、僕が力一杯もがこうが、蹴ろうが、びくともしなかった。  何をやっても無駄だって、認めるもんか!  僕は、眼に力を込めて思いっきり吸血鬼を睨んで抵抗したのに、ヤツは至極真面目な顔でいいやがった。 「いやいや、お前を見ているだけで、思わず萌え死にしそうになったんだが」 「は?」  こいつ、一体何を言っているんだろう?  あまりに訳のわからない言い草に、思わず間抜けな声を出したら、吸血鬼はご機嫌な猫みたいにゴロゴロ喉を鳴らしてささやいた。 「夜のような深い黒髪。星の瞳。俺好みの可愛い顔。そそるカラダ。  そして、お前が動くたびに、とてもとても良い匂いがする。  お前が杭を構えるようすは、まるでダンスをしているように美しい。  ああ、でも、俺を殺すなら、そんな杭なんていらないな。  『愛してる』とさえ言ってくれれば、俺はその場で百回ぐらい死ねる自信がある」 「どんな変態だよ、あんたは!」  僕が杭を振りまわしたのは、もちろん呑気に踊るためじゃない。  コイツを……世界最強の吸血鬼ミヒャエル・ガルミッシュを本気で殺すつもりだった。  まるで氷雪の嵐みたいに、冷酷非情の黒白(こくびゃく)の虎だっていう噂だったのに、実際出会ってみたら、春の陽気に当てられてぼーーっとしている猫。  天然ボケの吸血鬼だ。  イメージが違いすぎて、本当はどんなに強いのかは謎だけど、曲りなりにも最強を名乗っているんだ。  最悪でも、そこそこは強いんだろうし、僕が本気で倒しに来ていることぐらい判っているよね?  なのに。 「何だよ! この危機感ゼロで、殺しに来た敵を褒めまくる甘い言葉は!」  思わず叫んだ僕に吸血鬼は、端正な顔を僕に近付けて囁いた。 「なんで俺が、お前を口説くのか知りたいか?  それは、もちろんお前が、俺の好みだったからさ」 「げっ!」  コイツ、ゲイだったのか!  世の中には、男が恋愛対象《すき》な男がいるってことぐらい知っている。  でも、そんなのはごく少数派だし、その中に僕は入っていない。  フツーに可愛い女の子が好きな僕にとって、でっかい吸血鬼に愛を囁かれたって、なにも嬉しくなんて、ない!  鳥肌がたつだけの……はず…だったのに。 「お前に一目ぼれした。  俺も、どちらかと言うと女の方が好みだったが、お前に出会った以上、もはや男女の区別なんて関係無い」  なんて。  ご機嫌な吸血鬼に、顔を覗きこまれて、ドキッとした。  絡まる様に赤い瞳に見つめられて、僕は視線が外せなくなった。  もともとおかしかった身体の様子が更に、文字通りヒートアップするような感覚にくらくらする。  こ…コレは……吸血鬼の『魅了』効果だろうか?  吸血鬼は、血を吸って生きる生き物だ。  けれども、まともな感覚を持っている人間なら、血液採取に最も有効な首を噛ませてと言われて簡単に『イイよ』なんていうわけがない。  だから、吸血鬼達は、生贄を魅了し自ら首を差しだすように魔法をかけるのが普通だ。  普通の人間がかかったら、なすすべも無い。  吸血鬼の好きにされてしまうのが判っていたから、最大限に警戒していたのに、ドコでまちがったんだろう?  悔しいじゃないか! 「くっそ……! いきなり魅了の魔法を掛けるなんて、卑怯だぞ!」  食いしばった口の中で呟けば、吸血鬼は、ゆっくり首を振って言った。 「俺は、お前に『魅了』の魔法なんて掛けてない」 「ウソつけ!」  叫ぶ僕に吸血鬼は目を細めた。 「嘘なんかじゃない。  魅了は、感情を少しいじるだけの簡単な魔法だ。  そんな、上っ面の波よりも、もっと深いところで、身体が疼くのを感じないか?」 「……なんだって?」  何を言っているんだ、コイツは!  ……と言ってみたけれど、僕の認めたくない『真実』を吸血鬼は、容赦なく暴きだす。 「お前はΩ性だろう? 男の姿でありながら直腸の裏に、女のように子宮を宿し……三カ月に一度獣のように発情し、強い欲望に身を焦がす淫乱な、性質だ」 「何が淫乱なΩ性だ! 黙って聞いていれば、好き勝手なことを!」 「ほほう? 違うのか?」  今まで、穏やかに笑っていた吸血鬼がすっと、眼を細めると……僕の首筋をペロり。と舐めうげた。 「……っく」  背…っ! 背筋がぞくぞくする。  舐められたのは首筋だけなのに、身体の中心から、何かがせり上がって来る感じは、良く知っている感覚だ。  身体中の産毛が逆立つような感覚にも吸血鬼を睨めば、ヤツは、さも嬉しそうに言葉をづけた。 「やっぱり、お前はΩ性だ。  しかも、発情期になりかけている」  そう、指摘されて、僕は、息を飲み込んだ。  Ω性。  そう、僕は世界でも数が極端に少ないΩ性、と言われる性だ。  そもそも、男女の性の他にα、β、Ωの三つの性が発見されて、どれくらいたったのだろうか。  外見は、普通の男女そのまま、支配階級に向く、と言われるα性、一般人のβ性、はいい。  問題は、α性よりぐっと数がすくなく、色々と特徴的なΩ性にあった。  まず、三カ月に一度、発情期という時期があって、この時は、男女とも獣のように発情し、セックスの事しか考えられなくなる。  それがΩ性の特徴の一つ、発情期だ。  友人と買い物や、映画と言った些細な約束は、もちろん。  生活の基盤になる様な、仕事でさえ、暴力的に湧き上がってくる欲望に黒々と押しつぶされてしまうのだ。  結果、発情期の期間中は、社会的にも、物理的にもまるで役たたずになる。  挙句男性Ωは、さらに厄介な特徴を抱えることになる。  直腸の裏に子宮が出来て、男と生殖行為に及べば子どもだってできるんだ。  そんな男だか女だか判らないΩ性の男なんて、一般の根源からしたら、ただの嫌悪の対象でしかなかった。  だから、僕は隠していたって言うのに。  吸血鬼は、あっさり僕の正体を見破ってしまったんだ。  思わず黙った僕に、吸血鬼は、追い打ちをかけるように言いやがった。 「吸血鬼は、押し並べてα性だからな。  吸血鬼の王たる俺の前では、お前は例え男の形をしていても恋愛対象だ。  ……女と全く変わらない」 「……なんだって!」  けれども、僕は男だ。  別に性差別をする気は、全くないけれど!  男だか女だか、判らないと言われるΩ性だって自覚があるからこそ、僕は『女』と言われるのが嫌だった。  男としては、華奢過ぎる身体が嫌だったし、似合いもしないくせに、わざわざ男らしい言動を取るのも痛々しくて嫌だった。  だから、黙々と身体を鍛え、吸血鬼を狩る技術を習得し、黙って立っているだけでも間違っても『女』とは思われないように努力したっていうのに!  この吸血鬼は、一言で僕の苦労を一蹴しやがった! 「誰が女だ! 今の言葉を取り消せ!」  猛烈に腹が立ち、何とか自由にならないかと、身をよじる。  そんな僕に、吸血鬼は、それこそ自分が好きな女を見るように目を細めると言い放った。 「なんだ? お前は『女』と呼ばれるのが、そんなに嫌だったのか?  だったら、取り消してやろう。  お前に比べれぱ、そこらの女なんて、がさつでいかついただの獣に見えるからな。  愛しいお前は、俺にとってどんな女より、華奢で儚い……」 「おいこら! 黙って聞いてれば、なんて侮辱を……!」  世の女性に対しても、僕に対しても、ものすごく失礼な奴だ!!  ますます腹を立てて怒鳴る僕を無視して、吸血鬼はにっこり笑うと、とうとう言いやがった。 「お前は、俺の運命のつがいだ」 「ふざけんな!!」  α性の男は、Ω性を好む傾向がある……らしい噂は聞いている。  そして、稀に気に入ったα性、Ω性で『番(つがい)』という一生共にいる契約を交わすことがあるらしいが、ソレは、普通の結婚のちょっと強力版のはずだ。  愛だの恋だの浮ついたことは、男女でやれ。  ヤロー吸血鬼が、男の僕を巻き込むんじゃない!!

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