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第4章 迷い 【6】覚悟

「18年間お世話になりました。明日行くから…」 高校の卒業式の日、ボクは荷造りを終え明日東京に引っ越す挨拶を両親にしていた。 明日も暗いうちから漁に出る父は夕方には既に夕飯を終え、酒を片手にちゃぶ台に座っていた。 母親はキッチンで洗い物をしていて聞いてるかわからないけど、時折鼻を啜る音が聞こえる、きっと泣いているのだろう。 何も言わない父、グビリと飲み干した器にボクが酒を注ぐ。 テレビでは面白くもないお笑い番組が流れていた。 普段は寡黙な父が話しだした。 『…時間なんてあっという間だなぁ、子供ってすぅぐにでっかくなっちまう』  一口飲んではため息をつく。 『ハァ、お前にはお前の人生があるんだしなぁ、親って損な役回りだなぁ』  チビリと酒を飲み、テレビを消した。 ボクは何も言えなかった。 『でも、母さんだってこんな辺鄙なとこに嫁に来てくれた。 巡り巡るんだな…』 『東京で、お前はお前の連れ合いを見つけて幸せになったらいい』 そう言うと座布団を2つに折り、枕にして壁を向いてしまった。 大きかった父の背中が頼りなく小さく見えた。 連絡船乗り場で見えなくなるまで手を振ってた母さん。 美人で評判だった母さんの髪は、白髪が混じりグレーになっていた。 ボクの未来を応援して見送ってくれた両親。 生きて帰らなかったら、どんなにか悲しむだろう…いや、既に悲しませてるんだ。 もし王になれたら死ぬ直前に戻してくれるのかな? 王になる…ってことはオーディンと別れるってことだ。 国に帰り、誰かと結婚して子供を作り、父王の崩御とともに王になる。 王になった瞬間現世に戻るのかな?それとも死ぬ時に? そんな長い間、オーディンと離れて生きてられるだろうか。 オーディンが誰かを愛して、子供を作って…。 国同士のつながりで顔を合わせることもあるだろう、その時ボクは平気でいられるのかな。 堂々巡りの考えの行き着く先は、いつも決まってオーディンとの別れのつらさだ。 離れたくない、離れられない、愛してるのに。 いつも国のことを考え、国民に愛され尊敬される存在。 なのにボクに対してだけはいつも自信がなくて嫉妬の塊で束縛魔で、全力で愛してるって伝えてくるんだ。 ボク以外の誰かをあの腕が抱くのか。 あの声であの瞳で愛してるって囁くのか。 嫌だ嫌だ嫌だ… 今日も1日川辺でまとまらぬ考えに費やしてしまった。 川面を流れる草が流れの渦に飲まれて奥底に消えてゆく。そろそろ帰らないとと立ち上がると、そこにオーディンがいた。 いつからいたんだろう…せつなそうな瞳でボクに手を差し出した。 「帰っていいよ」 何を言ってるかわからなかった。 「帰りたいんだろう?…いいよ帰っていいから、そんなに悩むな」 オーディンの顔が苦しそうに歪む。 「シルヴィを苦しめるやつは誰であろうと許さない。たとえそれがオレであってもだ」 夕陽を受けながらオーディンが不器用に微笑んだ。 ボクのために言ってくれてるってわかってるのに、ボクは許せなかった。 別れても平気ってことなの…? 「ボクが、かえ…たら…」 声がかすれる 「オーディンは、どうする、…の」 逆光で見えにくいオーディンがフッと自嘲気味に嘲笑った。 「残酷なことを聞くなよ……シルヴィがいない世界なんて、想像したくもない」 ボクの両目から涙が溢れた。 「シルヴィに会う前どうやって生きてたんだろうな。この先シルヴィなしでどうやって生きるのか、まぁそれなりに生きるんだろう…砂を()むかのように虚しい時間を死ぬまでずっと」 ボクもだ―――ボクだって… 「ごめん…迷って、ごめん……」 駆け寄りオーディンに抱きつくと、ボクを抱えたままオーディンが草むらに倒れた。 「もう迷わない―――ごめん、ごめんなさい…」 今度こそ覚悟を決める。エーリスにも帰らない、現世にも帰らない。 ―――ボクはボクの見つけた連れ合いと永遠に一緒にいるんだ―――

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