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「巳亦……獄長は……」 「あいつなら今頃ピラニアと泳いでるんじゃないかな」 「えっ?」 「とはいえ、完全にあいつの動き止めれるわけじゃないから時間が限られてるんだけど……」 「だからなんとかしてここから脱出する前に黒羽さんとテミッド見つけておかないとって思ってね。もし落石に巻き込まれたりでもしたら曜に恨まれそうだし」そう、巳亦はいつもと変わらぬ調子で続ける。 泳いでるということは、まさか。 獄長が水が苦手なことは巳亦から聞いていたが何をしたのか。聞く勇気はなかった。 それよりもだ。 「……落石?」 「そう。落石。……今から地上へ戻るよ。……正規法ではないから何が起こるかはわからないけど、強行突破ってことで」 「そ……そんなことできるのか?」 確かに巳亦はすごいと思うけど、まるで想像付かない。 そんな俺を見て、巳亦はにっと笑うのだ。 「できるさ。曜が信じてくれるなら」 巳亦がそういうのなら本当にやってのけてくれそうに思えてしまうのだから神様はすごいと思う。 そうだな、巳亦がそういうのならできるのだろう。 頷き返せば、巳亦は益々嬉しそうに笑った。 その横、黒羽が険しい顔で巳亦を見た。 「……最初からなぜそれをしなかったのか」 「言っただろ、最終手段だよ。下手したら他の人も巻き込んじゃうからね」 巳亦の言葉から何かを察したのか、黒羽はそれ以上言及することはなかった。 そして、強引に話の流れを打ち切るように巳亦は頭を下ろし、そして口を大きく開いた。 「それじゃ、早くおいで」 そう、大きく顎を開いたまま舌を動かす巳亦に、黒羽が顔を引き攣らせた。 「待て。なんの真似だこれは」 「だから地上まで行くんだよ。ほら、乗って乗って」 「自ら貴様の口の中に入れというのか?!」 「俺の背中に乗ってもいいけど、掴むところがないから滑るのがオチだと思うよ。……泳ぐのならまだしも、登るときは流石に俺も押さえつけてあげれる自信ないし」 いつか巳亦に口の中に入れられ運ばされたときのことを思い出す。あのときも巳亦は外部の衝撃から俺の身を守るために口の中飲み込んでいたのだ。 ならば。 「……わかった」 「伊波様?!」 「……黒羽さん、巳亦は呑み込まないよ。俺、知ってるもん」 そう、牙に引っかからないよう黒蛇を抱えて巳亦の口の中に入る。俺が入っても伸びができるほどの広さ、本当に大きいのだと体感することができた。 真っ先に入る俺に呆気取られてるらしい、心配そうな黒羽の横、ぼんやりとこちらを見ていたテミッドもひょいと俺の隣へ腰を下ろす。 「テミッド」 「……ヌルヌルしてるけど、暖かい……ですね」 そう言いながら巳亦の舌に触れるテミッド。「こら、掴むなよ」とこそばゆそうに口の中の赤い肉が蠢く。 テミッドの行動を予期してなかったらしい、残された黒羽は「くっ……」と唸る。 やがて、諦めたようだ。 「……間違ってでも伊波様に歯を立てるなよ」 「ははは、大丈夫だよ。黒羽さんが口の中で暴れない限りね」 笑う巳亦に「食えない蛇め」と吐き捨てた黒羽は、リューグを拾い上げ、奥に押し込めた。まさか俺が言わずとも黒羽がリューグを連れて行こうとするなんて思ってもいなくて、目を丸くしてると俺よりも巳亦が先に驚いた。 「連れて行くんだ」 「この男には借りがあるからな。これでチャラにしてもらうとする」 「……なるほどね」 黒羽さんがリューグに借り? 不思議だったが、黒羽がそうしないつもりなら俺が連れて行こうと思ってただけに意外だった。 そして、俺達が全員乗り込んだのを確認して巳亦は口を閉じる。色が、光が失せる。闇の中。巳亦の低体温だけが全身を包み込んだ。 「それじゃあ、行くよ」 「ぅ、おあっ!」 「伊波様っ!」 いきなり吐き出されたかと思いきや、黒羽に抱えられたお陰で無様に落下することはなかった。 学園から離れた森の側。雨が降ってるかと思いきやそれが割れた地面から湧き上がり噴水のように吹き上がる大量の水だと気付いた。 本当に地上へと帰ってきたのか。 久しぶりに吸った新鮮な空気に、開放感のある空に全身から力抜けそうになる。 「っ、は……ジェットコースターみたいだ……」 「伊波様、お怪我は……」 「ん、大丈夫……それよりも……」 テミッドは巳亦の口からリューグを引きずり出し、地面へと捨てる。 そして地面の上、ぐったりとしていた巳亦の姿がみるみるうちに小さくなる。巨大な穴の側。そこにはいつもの人の姿をした巳亦が力なく座り込んでいた。 地下から地上の距離を考えても相当の距離だったに違いない。 巳亦の口の中は真っ暗なジェットコースターのようだった。けれど、俺たちを気遣いながらも地上まで運んでいた巳亦の負担を考えると文句も言えない。 それどころか、感謝しかなかった。 「……ありがとう、巳亦」 そう、青白い巳亦の頬に触れる。ひんやりとした肌。いつもよりも疲れた顔をしていた巳亦は、俺の手を握りしめ、掌に頬を寄せる。鱗とは違う、滑るような肌の感触にどきりとしたとき。 「情けないなぁ」 「え?」 「これくらい、昔は平気だったのに。身体が大分鈍ってしまったみたいだ」 自虐的な笑み。それでも、少し嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。 つられて頬が緩む。きっと、巳亦の言う昔っていうのは俺からしたら考えられないくらい昔なんだろうな。そんなことを思いながら。 「……また、慣らしていけばいいよ。俺も、付き合うから」 そう、頬を撫でれば少しだけ目を丸くしていた巳亦は気持ち良さそうに目を伏せた。 「そりゃ、心強いな」そう、喜んでるとも寂しそうにも取れるような表情で。 「っ、う……ピラニアやめろ……ぐ……おお……っ」 そんな中、聞こえてきた奇妙なうわ言に俺と巳亦は振り返る。すると、黒羽とテミッドが気絶してるリューグを突いてるところだった。 「このガキはいつまで寝てるんだ」 「……放って、おいていいと思い……ます」 「同意見だ」 というかどんな夢を見てるのだろうか。 何故リューグがこんなことになってるのかとか色々聞きたいことはあったが、それも無理そうだ。 「おいっ!一体なんの騒ぎだ!この地震は……!」 ぞろぞろと駆け付けてくるモンスターは教師たちだろう。見たことのないものも多いが、皆が皆俺達を見るなりぎょっとした。 無理もない。俺達の格好は酷いし俺とリューグ、巳亦に至っては死体の海を泳いでたわけだしな。 おまけに地形は歪んで噴水もできている。ここを突き破ったときも相当な揺れが生じたに違いない。 「巳亦」と、黒羽は巳亦を横目に睨んだ。 「はいはい、わかってますよ。今回は俺のせいだからね」 そして、ゆっくりと立ち上がった巳亦は教員たちの前に立った。

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