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「ん、ぅ、んんぅ……っ」
零時はとっくに回ってるはずなのに。
頭の片隅でぼんやりと考えるも、熱い唇の感触とそのこそばゆさにその思考すら掻き消される。
お酒の匂い、頭がくらくらする。けど、嫌なじゃない。まるでまだ夢を見てるようだった。けれどあの時の悪夢とは違う、幸福感。
「黒羽さん、ぎゅって……して……っ」
「あぁ」と、囁かれる声すらも心地よくて、背中に伸ばされる黒羽の腕の中、隙間ないほどくっつく体に息が漏れる。こんなこと、黒羽だって普通なら聞いてくれないだろう。
いけません、こんなこと。できません、とばっさり切り捨てるのだ。困ったように顰めたあの顔で。けど、今の黒羽は俺の言うことを聞いてくれる。甘えさせてくれる。
普段の黒羽も優しいけど、こういう風に抱き締められるとは思わなかっただけに心臓がトクトクと煩くなるのだ。
「っ、く、……ろは、……っさ……っ」
目が合えば、唇を軽く重ねられる。離れそうになる黒羽の肩を掴み、ベッドの上で黒羽に跨るように乗り上げ、唇を押し付けた。子供じみた稚拙なキス。それでも、黒羽は応えてくれる。
舌を絡ませ、唇を啄まれる。くすぐったくて、思わず声が漏れた。黒羽さん、ともう一度名前を呼ぼうとした時、背中に回されていた腕がゆっくりと腰へと落ちる。そして、チャイナドレスの裾の下、するりと伸びる手にびっくりする。
「ぅ……っ、んんぅ……」
硬い指先が臀部を優しく撫でる。傷つかないようにそっと触れてるのだろうがその触り方が余計いやらしく感じてしまうのだ。尻たぶを左右に割られ、散々嬲られて柔らかくなっていた肛門を拡げられる。
「……失礼します」
「っ、ぅ、ん……っ!」
太い指が、濡れそぼった穴に埋め込まれる。
傷付けないように、苦しくないように注意を払ってくれているのだろう。ゆっくりと入り込んでくる感触が余計生々しくて息を飲んだ。
そして、黒羽は俺の中に残った体液を掻き出そうとするのだ。
「っ、ん、ぅ……っひ……ッ!」
「伊波様、痛くないですか」
「いたく、ない……っ、」
けど、それ以上に恥ずかしい。
お腹の裏側、熱を持った内壁をぐるりと撫でられ、腰がふるりと揺れる。
丁寧に、それでいて執拗に中の体液を掻き出され、恥ずかしくてどうにかなりそうだった。声を抑えようと黒羽の肩口に顔を埋めれば、片方の手で頭を撫でられる。
「く、ろはさ……」
「……腹立たしいな、あいつらも、己も」
さっきまで腹の中に残っていたヌルヌルとした感触はなくなった。シーツが汚れたのではないかと不安だったが、それもすぐどうでもよくなる。お腹の辺り、ゴリ、と硬いものが擦れ、息を飲む。
思わず黒羽を見上げれば、俺の言わんとしてることに気付いたようだ。目を伏せた黒羽は、「不甲斐ない」と恥ずかしそうに低くく唸る。
服の上からでもわかるくらい大きくなってるそこに恐る恐る手を伸ばせば、黒羽の眉間の皺が更に深く刻まれた。
「……っ、伊波様、いけません」
「だ、だって……辛そう……」
「……問題ない。貴方はただ、自分のことに集中してればいい」
「っで、も……っ、ぅ、んん……っ!」
再び中に入ってくる指に、深いところを掻き回され堪らず声が漏れた。いつの日かの黒羽との強烈な初体験を思い出し、お腹の奥がキュンキュンする。
……もう一回、したい。なんて言ったら、きっと黒羽は怒るだろう。翌朝、黒羽はあんなに後悔してた。
それでも、想像してしまうのだ。これで今腹の中をぐちゃぐちゃにかき回されたらきっと死ぬほど気持ちいいのではないかと。
「っ、ま、ぁ、……そこ……ッ」
「……腫れているな。……傷も入っている。痛むだろう」
「ん、ぅ……っ」
「薬を塗る。……少しひんやりするかもしれないが、ないよりはいいはずだ」
引き抜かれる指にすら反応してしまう体を撫でられ、俺はされるがままになるしかなかった。
衣類から取り出したチューブ状の塗り薬をたっぷりと指に絡めた黒羽に、息を飲む。怖くなって思わず目の前の黒羽の上半身にぎゅっとしがみつけば、黒羽は俺がびっくりしないようにするためか「入れるぞ」と事前に教えてくれた。
けれど予想していたよりも何倍も冷たいその塗り薬が焼けたように疼く内壁を掠めた瞬間、電流が走ったかのような刺激が走ったのだ。
「っ、ひ、ィ……ッ!!」
「……っ、大丈夫か?」
「ぁ、っだ、い……じょ……んんぅ……ッ!」
「……っ、伊波様、少しの辛抱です。きっと、すぐに楽になるはずなので」
「ぅ、ひう……っ!」
そう、すぐに終わらせようとしてくれてるのだろう。逃げる俺の腰を捕まえ、奥まで一気に入ってくる黒羽の指はそのまま隙間なく薬を塗り込んでくるのだ。ぐちゃぐちゃと粘着質な水音が響く。薬を塗られてるだけだとわかってても、こんな状況で意識するなという方が無理な話だ。
「っ、ぅ、ッく、ぅう……っ!ふ、ぁ、く、ろは……さ、ぁ……ッ!ゆ、び……っ、そこ、だ、め……ッ!」
「……すまない、痛かったか?」
「ち、が……っ、きもち、い……っくて……っ!っ、ひ、ぅ……っ!」
浅いところを撫でられ、それだけで脳汁が溢れるみたいに熱に溺れる。自分でも何を口走ってるのかわからなかった、無我夢中で黒羽に訴えかければ、黒羽の目の色が僅かに変わったのを俺は見逃さなかった。
「っ、く、ろは……さ……」
「……よもや、あの獣の前でもそのようなこと、言ってないだろうな」
急にどうしたのかと思えば、まさかそんなことを疑われるとは思わなかった。
険しい顔をしてそんなことを聞く黒羽に、胸の奥が甘く疼く。
可愛い、なんて自分よりもかなり年上のそれも大きな男相手に言う言葉ではないと思うけど……やっぱりそう思わずにはいられなかった。
「……何を笑ってる」
どうやら顔に出ていたようだ。
むっと面白くなさそうな顔をする黒羽に、慌てて俺は口元を引き締める。そして、首を横に振った。
「……っ、言って……ないよ」
相手が黒羽さんだから。そう続ければ、その表情に先程までとは違う色が滲む。困惑、というよりも、なんだろうか。……照れてるのだろうか。
「……貴方は、本当に……」
その声は困ったように息を吐く。その吐息すら熱を感じてしまい、黒羽の一挙一動に脳は掻き乱されるのだ。
「っ、くろ、はさ……」
「……あまり、そういうことを言うな」
「っ、ん、ど……して……?」
「…………どうしてもだ」
怒ってるように見えるが、その声はいつものよりも優しい。だからだろう、そんな黒羽に甘えてしまうのは。
俺は、分かっていた。密着した下腹部、そっと膨らんだそこに指を這わせれば、黒羽の上半身が僅かに反応する。
「っ……伊波様」
「……ここ……苦しそう」
「……酒のせいです」
「っ、うそだ…………本当に?」
「お酒飲んだらこんな風になるのか?」今まで生きてきて人間界で飲酒などしたことない俺にとっては未知の世界だった。それでも、お酒でこんな風になるなんて聞いたこともないのだけれど。
可哀想なくらい衣類の下で主張するそこを撫でれば、「おやめ下さい」と黒羽に止められた。
それでもちょっと意固地になって、「俺も、黒羽さんに触りたい」と体をくっつければ、黒羽が「伊波様」と困ったように息を漏らす。そして、先程よりも早くなる鼓動。
明らかに下腹部の膨らみは大きくなっていて。
「お……おっきくなった」
「伊波様……っこれ以上は、いけません」
「だって……黒羽さんいっぱい俺のこと、触ってくれたし……お、お返し……したいし……」
以前、こんなに大きいものが自分の中に入っていたのかと思うとあのときの熱が蘇るように全身が熱くなる。
そっと頭を撫でれば、「伊波様」と黒羽が益々眉間のシワを深く刻んだ。
「伊波様、私は……貴方に負担を掛けたくない」
「っ、それ、は……」
確かに、本気で死ぬかと思ったけど。殺されるかと思ったけど。それ以上に、気持ちよかった。なんて言えばきっと黒羽に端ない子供だと思われるかもしれない。
今更、なんて思ったが、それでも、嫌がる黒羽に無理矢理するのもなんだか違うような気がしてならない。
でも、そこまで拒否されるのは寂しい。……俺のことを思ってのことなのだろうが。
「じゃ、じゃあ……口とか……手は……?」
「っ、自分のことはいいと言ってるだろ」
「っ、や、いやだ……」
「……嫌とはなんだ」
「……そんなに、俺に触られるの……嫌……?」
「そ…………そういうわけではないが…………」
ここに来て黒羽の言葉が淀む。
もしかしたら黒羽の酔が俺にきてしまって、黒羽の酔は冷めてしまったのかもしれない。そう思うほど、俺も俺でヤケになっていた。黒羽に嫌がられるのなら、これ以上無理強いすることはできないと思う。けど、と黒羽を見上げたとき。黒羽の左目と視線がぶつかり合い、息を呑む。熱が滲んだような、濡れた瞳。
「――……歯止めが利かなくなってしまいそうで、怖い」
「っ……」
「貴方は、守らなければならない人なのに……己の手で苦しめては失格だ」
――やっぱり、黒羽さんは黒羽さんだ。
そう思ったと同時に、なんだか振られたような気分になる。嬉しくないはずがない、けれど、本当に自分にそこまでの価値があるのだろうか。とも疑問に思うのだ。
「苦しく、なんか……」
「……貴方がそう思うのは、恐らくあの姑息な狐のまやかしのせいだ。一時の気の迷いでしかない」
「そんなこと、ない……っ、俺は……ちゃんと……」
「……っ、わかってください、伊波様……」
こんなに勃起してるくせに、それでも俺を宥めてくるのだ。仕方ない子供の面倒を見るみたいに、優しく、宝物に触れるみたいに。
正直、恥ずかしい。血の気も引いた。先程までの熱が一気にさっと引いて、目の前が赤くなる。
それでも、嫌な気持ちにはならなかった。ただ、複雑ではあるけれども。
「黒羽さんの……黒羽さんの、真面目……っ」
行き場のないモヤモヤだけが残り、俺は、どうすればいいかわからなくて、目の前の黒羽の胸にしがみついた。
「い、伊波様……?」
「じゃあ、このまま……抱き締めてていいですか」
もう、多分俺はヤケクソだったのかもしれない。黒羽から離れたくなくて、黒羽を感じることに必死で、それを察したのだろう。ふと、目を細めた黒羽は「ああ」と俺を抱き締めるようにそっと頭を撫でてくれる。
後頭部に触れる無骨な手のひら。
この手で俺を押し倒して、あんなに何度も犯したくせに。そう言えば黒羽はきっと責任を感じるだろう。
でも、それでも黒羽がそういう人だからこうして一緒にベッドに入っても安心できるのかもしれない。
悔しいけど、同時に胸の奥が満たされていくのだ。
子供みたいだと思われてるんだろうな。
宥めるように触れる黒羽の手の感触を感じながら、ちらりと黒羽を見上げれば、気難しそうな顔をした黒羽と目が合った。
「伊波様……怒ってますか」
そして、黒羽はそんなことを聞いてくるのだ。
……やっぱり、ずるい。
「……怒ってない、黒羽さんは間違ってないと思う……俺のわがままだし……俺が悪いんだ」
「そのようなことは……」
「……黒羽さん、ずるい、俺ばっか……恥ずかしい……オナニーも見られたし……」
「……も、申し訳ございません……ですが、伊波様は恥ずかしいことなど少しもありません。自慰行為も年頃の男児なら珍しくないと……」
俺に恥をかかせまいとフォローしてくれてるのだろうが、余計恥ずかしさが浮き彫りになっていく。あれほどふわふわしていた頭も、酔も、熱も、さめていく。
それが、嫌だった。もう少しだけ、もう少しだけこうして黒羽と一緒にいたかった。だから、俺は黒羽の唇に己の唇を押し付けた。
「能代さんの、変な術のせいなんだよな。……これも」
伊波様、と黒羽の目が開かれる。
「キスも駄目?」そう、聞き返す声が震えてしまう。冷静になっていく頭の中、自分が酷く恥ずかしいことをしている自覚はあったが、もう少し、もう少しだけ黒羽とこうしていたいと思うのは本心からだと思いたかった。
暫く俺を見つめたまま固まっていた黒羽だったが、ゆっくりと後頭部に回っていたその手は頬へと伸びる。
「……いえ」
唇をなぞる指先にぞくりと背筋に甘い熱が走る。
恐る恐るその指に舌を這わせれば、視界は黒く覆われた。唇の熱が混ざり合い、溶け合う。臍に当たる熱を感じながら、俺は今このときだけはと夢を貪り尽くした。
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