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06

 なんというタイミングの悪さだろうか。いきなり現れた彩乃に先程まで騒がしかった教室内はしんと静まり返り、俺たちは彩乃に目を向けたまま硬直する。同様、彩乃も彩乃でいきなり向けられたカメラに驚いているようだ。  目を丸くしたまま俺に目を向けた彩乃はそのまま視線を下ろす。  瞬間、ピシャリと音を立て扉は閉め切られた。 「いやいやいやちょっと待てよ助け……」  慌てて足を使って扉を開いた俺は早々と立ち去ろうとしていた彩乃に慌てて懇願する。が、言い終わる前に能義に口を塞がれた。 「書記、せっかくですのでご一緒にどうですか。貴方も元さんに用があってここへ来たのでしょう?」  両頬を挟むように口を塞がれ、能義の手首を掴み無理矢理離そうとするが吸盤の如く離れない。  挙げ句の果てになにを考えているのか笑顔で書記を誘い出す能義に血の気が引いていく。  二人だけでもかなり厄介だというのに、これ以上厄介事を増やすつもりか。 「4Pとか本格的に俺撮影係に任命されそうなんですけど」とカメラ片手に嘆く五条を他所に、能義の言葉にピタリと足を止めた彩乃はこちらを振り返る。 「ご一緒だと?」 「ええ。残念ながら穴は一つしか御座いませんが暇潰しにはなると思いますよ」 「……なにを企んでる」 「なにを、とは? 心外ですね。ただの善意ですよ。元さんも人数多い方が喜ぶと思いまして」  べらべらと適当な言葉を並べる能義に「ねえ?」と笑いかけられる。彩乃に目を向けられ、俺は「ひはふ」と首を横に振った。 「ほら、元さんも是非宜しくお願いしますと言ってますし」  言ってねーよ、どんだけ都合のいい耳だよ。笑顔でそうシラを切る能義にぎょっとしつつ、俺は一縷の望みを賭けて『こいつらをどうにかしてくれ』と彩乃に目で訴えかけた。視線と視線が絡み合い、相変わらず仏頂面のままの彩乃は無言で俺から視線を逸らす。そして、 「おい、そいつをこっちに渡せ」  どうやら俺の想い諸々が伝わったようだ。  能義と五条に目を向けた彩乃はそうハッキリと告げる。確かに期待はしたが、まさか本当に助けてくれるとは思ってなかった俺は目を丸くした。  そして、唐突な彩乃の申し出に驚いたのは俺だけではなかった。 「……『渡せ』ですか。あまり命令されるのは好きではないのですが」  彩乃の言葉に僅かに顔を強張らせる能義の後ろで「まさかの副会長VS書記っすか? 泥沼三角関係萌え! だけど俺超空気! 目の前で生BL繰り広げられてるから別にいいけどね! 全然悲しくないけどね! いいよどうせ見る専門だもん! モブ扱い上等だし!」となんか言っている五条。非常に騒がしい。 「そうか。俺も馬鹿は嫌いだ」  そう続ける彩乃は能義の腕を掴み、俺から強引に離した。  僅かに頬を強張らせた能義は「おや残念」といつも通りの笑みを浮かべる。引っ掻かれた腕を軽く擦る能義の手の下から手の甲から腕にかけて出来た赤い線にじわりと血が滲んだ。 「と思いきやまさかの爽やか君←書記←副会長フラグ!?」  そしてこいつは空気を読め。 「……おい、そこの眼鏡」  やはり目を付けられた。彩乃に睨まれた眼鏡もとい五条は「は、はいいいっ!」と情けない声を上げながら落ちていた雑巾を広げ顔の前に翳す。どうやら本人なりに隠れているようだがこれはあれか、ツッコミ待ちなのか。 「そこに落ちている制服持ってこい」 「はい! 仰せのままに!」  静かに命令する彩乃に対し、ヘコヘコと頭を下げる五条は言われた通りに床の上に落ちていた俺のワイシャツを拾い上げる。  すっかり彩乃に寝返った五条に、能義は「なんで私のときと態度が違うんですか」と顔をしかめた。五条は口笛吹いて誤魔化していた。何年前の漫画だ。そして案の定能義にエルボーをかけられる。 「はい、どうぞ書記様」  無事帰還した五条はヒビの入った眼鏡を掛け直しながらそう彩乃に制服を渡す。 「部長のくせに生意気ですよ!」と吠える能義を他所に、それを受け取った彩乃はそのまま俺に制服を押し付けてきた。 「さっさと着ろ。見てて暑苦しい」  そう言って顔を逸らす彩乃にむっとしたが、彩乃なりに気を遣ってくれていると思ったら結構可愛く思えた。 「……どーも」  制服を羽織る。  彩乃の言う通り、いくら自分の体に自信があろうとも流石にシリアスシーンを一人だけ上半身裸ではただのギャグだ。もたもたとシャツのボタンを掛ける俺。 「……嫌ですねえ、空気が読めない方とは思ってましたがまさかここまでとは。ヒーロー気取りですか。貴方がなにやろうと構いませんが、せっかくの濡れ場……いいえ、私の邪魔をされては困りま……」 「おい眼鏡、そいつ押さえてろ」  すっかり悪役気分な能義の言葉を遮るようにそう命令する彩乃に、五条は動かない。  どうやら能義のシモベとしての最後の理性か危機感が働いたようだ。 「……会長と会計のツーショット、もしくはうちの部費下げて」  と思ったが気のせいだったようだ。そうぼそりと要求してくる五条に彩乃は顔をしかめる。 「ほら」そして、面倒くさそうに舌打ちをした彩乃は制服の中から切り取られたプリクラを取り出し五条に投げ付ける。そこにはカメラの前で組体操のサボテンをやっている政岡と神楽の姿が映っていた。なんで彩乃はそんなもの持ち歩いているんだ。  そしてこいつらもこいつらでなにやってるんだ。 「ここは俺にまかせて二人は早く行け!」  お前もこれでいいのか。 「部長、貴方……っ!」  目を爛々と輝かせながら能義を羽交い締めする五条に今にも能義はブチ切れ寸前だ。どう反応すればいいのかわからず冷や汗を滲ませていると、彩乃にくいっと腕を引っ張られた。  目を向ければ、彩乃は「来い」と呟く軽く顎で教室の外をしゃくる。とにかく、今は能義から離れた方がいいだろう。そう判断した俺は頷き返し、そのまま彩乃に引っ張られるようにし廊下へ出た。  数分もしない内に教室の方から五条の悲鳴が聞こえていたが敢えて聞こえなかったことにする。

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