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「相変わらずいい身体してんな、お前。全裸で放置してずっと眺めていたいくらいだ」
気持ち悪い褒め方をする岩片に鳥肌が立つのがわかった。冗談に聞こえない。
薄い筋肉の凹凸を指の腹でそっと撫でられ、全身が緊張する。
「痛い目見せたいんなら、さっさとボコるなりしたらいいだろ。なにがしたいんだよ、お前っ」
あまりにも気色の悪い感触に堪えきれず声を張り上げれば、僅かにきょとんとした岩片だったがすぐに笑顔に戻る。
矢先、胸板を触れていた指先にぎゅっと乳首をつねられ堪らず「いっ」と声を漏らした俺。
「お前が好きなものも嫌いなものも全部わかってんだよ、こっちは」
「なにをしたらハジメにとって苦痛なのかも、全部な」細くなる赤眼が俺をとらえ、三日月のように唇を吊り上げ岩片は笑う。
ぐに、と引っ張った状態のまま突起を潰され、俺の意思とは反対に上半身がびくりと跳ねた。
全身から血の気が引く。
いや、騙されるな。どうせいつものやつお得意の口車だ。そう言い聞かせるが、不安が拭えない。
その矢先だった。コンコンと小気味よく玄関の扉がノックされる。
『俺だ、今いいか』
扉越しに聞こえた久し振りの静かな声――生徒会書記、五十嵐彩乃。
今日は次から次へと忙しすぎる。そううんざりする気分とは裏腹にかなりいいタイミングで来てくれたやつが天使かなにかに見えた。
仏頂面の男前天使。……なんかちょっと不気味だな。
思いながら上から覆い被さってくる岩片を押し退けようとすれば、なにを思ったのか上半身を起こした岩片はそのまま俺の腕を掴み上げるようにソファーから立ち上がった。
「っちょ、うわ、おいっ」
言い終わらない内に乱暴にソファーから引き摺り落とされ、咄嗟に受け身を取る。
が、構わず岩片はそのまま床の上の俺を引っ張り歩き出した。向かう先には、先程五条祭を押し込んだ空き部屋へと続くあの扉。
どういうつもりだ。こいつ。そう青ざめ、逃げようとする隙もなく鍵を外したその扉の奥へと放り込まれた。顔面着地。
「ってめ……ッ」
痛む顔面を押さえ、慌てて顔を上げ背後の岩片を振り返ったとき。バタンと大きな音を立て扉を閉められる。
それは数秒も経たない内に起きた出来事だった。
「……っ」
光が遮断され、薄暗い室内に閉じ込められてしまった俺は舌打ちをし、取り敢えずバランスを立て直そうと立ち上がったときだった。
ぎゅっと、足の下に違和感。そこには肉のようななにかがあった。
「い゛っ」何だろうか、と思いながら踵に力を入れた瞬間足元から悲痛な呻き声が聞こえ、ぎょっとした俺は慌てて足を退けた。
「……五条?」
そして、そう恐る恐る薄ぼんやりとした部屋の中で蠢く足元の影に呼び掛ければ、影は「あい」とちからなく返事をする。
「お前、なにやってんだ。こんなところで」
「なにって、それを俺に聞くかよ」
ああ、そうだった。
いきなりの出来事に頭が混乱していたらしい。
冷静な五条の突っ込みに数十分前、自分たちが五条をこの部屋に閉じ込めたことを思い出す。
そして、それと同時に先ほど隣のリビングで岩片に襲われてたことを思いだし、背筋からうっすらと嫌な汗が滲んだ。
まだ緊張が抜けていないらしい。
「……なあ、お前、もしかしてさっきの」
聞こえてたか?そう尋ねようとしたときだった。
扉の外から玄関が開く音が聞こえてくる。
『……なんだ、お前一人か』
『俺じゃ不満? あいつより満足させれるけど』
『風紀のやつらと揉めたんだってな、能義たちに聞いた』
『前戯もせず慣らさず挿入する男は嫌われるぞ』
『突っ込まないからな』
『放置プレイ? 淡白な男の人ってイヤ!』
『尾張元を連れてこい。話が進まない』
『なんだよ、冗談だろ。冗談』
扉越しに聞こえてくる五十嵐と岩片の親しげにも聞こえない会話。
扉の隙間から射し込む照明の明かりを浴びるようにわずかな間から向こう側を覗き込めば、部屋のごく一部が見えた。
そこに岩片たちの姿はないが、岩片は五十嵐を招き入れたに違いないようだ。
くそ、どういうつもりなんだ。あの野郎。
扉に手を突き、更に顔を近付けたとき、ふいに指先にぬちゃりとなにかが触れる。
「…………?」
まだ生暖かい、ねっとりと指先に絡み付く嫌な感触のそれに目を向けたときだった。
これって、まさか。
手を広げればどろりと指先から付け根へと伝い落ちるそれがなんなのか気付き、全身の血の気が引いた矢先、いきなり背後から伸びてきた手に口許を塞がれる。
「っんぅ……!」
背後の人の気配に気付いたときにはもう遅く、咄嗟に噛み付こうと口を開けばにゅるりとした嫌な液体が絡んだ指先が唇を割るように侵入しに口内いっぱいに独特のあの匂いが広がった。
あまりの嫌悪感に怯んだ俺は目だけを動かし背後を見た。
「……悪いな、尾張。今いーところだからさ、あとちょっとだけ大人しくしててくれよ」
俺の腕を背後で拘束し、そのままぴったりとくっついてくるそいつは荒い息を整えるわけでもなく低く囁いてくる。耳に生暖かい吐息が吹きかかり、ぞわりと全身が粟立った。
冗談じゃない。
俺の動きを封じ込めようとしてくるやつ、もとい五条祭の言いなりになるつもりは毛頭もない。
構わず指に歯を立てれば、「い゛っ」と呻いた五条は慌てて俺から手を引っ込めた。
と、同時に後頭部を掴まれ、そのまま扉に叩き付けられる。
「……ッ!」
五条に力はない。が、やはり色んなものが詰め込まれた頭を殴られれば一瞬でも思考は停止し、隙ができる。
額を扉に押し付けられたまま、俺は軽い目眩を覚えた。確かに出来た隙を五条は見逃さなかった。
「あは……っ、ごめんなぁ尾張。お前に恨みはねえんだけど、今いいとこだからさ」
我慢しろよ。そう掠れた声で続ける五条は俺の両腕を束ねようとした。
直感で、縛られると悟った俺は掴んでくる五条の手を振り払いなんとか体勢を建て直そうとするが、甘かったようだ。
「あー、もう、だめだって!」
慌てたような五条の声が背後からし、後頭部を掴むやつの指先にぐ、と力が加えられる。
うわ、嫌な予感。扉から頭を離され、遠ざかる一枚板に目を細めた俺は咄嗟に顎を引いた。瞬間、ゴッと嫌な音を立てる額に鈍痛が走る。視界が白ばみ、星が飛ぶ。
確かに一瞬俺の意識が飛んだとき、構わず五条は二回三回と俺の顔面を狙った。正しくは、頭。
何度も頭ん中を揺さぶられ、吐き気に襲われた俺は気が付いたら床の上に落ちていた。
「ま、おあいこだろ。おあいこ」
脱力した俺の手首をコードのようなものできゅっと強く縛りつけた五条は、どこから取り出したのか最新型デジカメを構え笑う。
「せっかく新品のブランドものの眼鏡壊されたんだからさ、元取れるくらいは稼がせてくれよ?」
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