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足の怪我2

○○○○○○○○○○○ 真悠はそのまま病院に運ばれ、1週間ほど入院することになった。 捻挫、ということらしいが思ったより重症で、しばらくは走ることどころか歩くのもうまくできないらしい。リハビリは必至なようだ。 ガラガラと白くて大きなドアをスライドして開ける。 「充希っ」 簡素な病院服を着た真悠はこちらに気付いて微笑んだ。しかしその笑顔は今までのような明るさはなく、少し仄暗い気配が纏っている。 ここは病院。あれからおかしくなった真悠はそのまま病院に運ばれてしまい、その後が不安になって、俺は真悠の見舞いに来たのだ。 「充希、来てくれたんだね。ありがとう」 「ううん、真悠は体平気?あ、お花よかったら」 「充希ありがとう」 体調の件について触れなかった真悠に少し躊躇いつつも、彼は嬉しそうに俺が渡した花を受け取った。そのまま綺麗な形の鼻を充てて見舞いの花の匂いを嗅ぐ。 「ありがとう。…充希、申し訳ないんだけど、花瓶取ってもらってもいい?」 「あ、うん」 そんな遠い距離にあったわけではないが、簡易テーブルに置かれた花瓶を急いで取って真悠に渡す。 真悠はもう一度申し訳なさそうに、「ごめんね」というと、花瓶の中の花を取り出して、花を入れ替え始めた。 「あ、花…。それなら俺がしたのに」 「いや、充希はお客さんだから」 「それなら真悠は患者だよ。真悠は体調悪いんだから無理しなくていいよ」 「でも…」 「ベッドとか濡れちゃうし…。俺は全然大丈夫だから」 「うん……」 ここに来てまで俺に気を遣う真悠が変だと思ったが、俺は真悠から半ば強引に花瓶と花を受け取った。真悠の調子はどこかおかしい。その一方で、やけに甲斐甲斐しい所は治っていないようだ。 花瓶の中を取り替えると、もともとあった場所に置いた。 真悠はその花瓶をじっと見つめていたが、ありがとうとなんだか苦しそうに笑った。 「充希、ごめんね…俺何もできなくて」 「ううん。怪我してるから仕方ないよ」 「でも、俺…駄目だよね…」 「真悠…?」 真悠は何をそんなに落ち込んでいるのだろうか。怪我を受けたショックは多少なりともあるかもしれないが、一生歩けないようになったわけではない。療養していれば治るのだ。できないことがあるのだって怪我をしてるから仕方ないこと、何も後ろめたく思わなくていいことだ。 しかし、それでも深刻そうに俯く顔に、怪我とは何か別の理由があるのではないかと充希は思った。 「…真悠、何か…悩みでもあるの?」 「……」 「真悠…もしかしてこの前のこと…?俺、別に真悠のこと嫌いになってないよ。嫌いだったらここにいないし。…あ、それとも怪我のこと?怪我したのはびっくりしたけど…ちゃんとリハビリすれば治るらしいからそんなに重く受け止めなくても大丈夫。走ってるとこういうことよくあるし、落ち込まなくていいよ。誰でもあることだから、さ」 「……」 「…えと、だからその…」 俯いてしまって何も反応しない真悠にだんだん歯切れが悪くなってしまう。 余計なことを言ってしまったのだろうか。それとも見当違いなことを言った?もっと違うことで悩んでいたのかもしれない。 黙り込む真悠につられて沈黙になってしまいそうになるのをどうしようかと思案していると、真悠が顔を上げた。 「充希は俺のことどう思ってる…?」 「え?だから、嫌いじゃないって…」 「それなら好き?好きならどのくらい?何番目?1番?1番に俺のこと好き?ねえ、俺が充希の1番?それとも俺以外にいる?他に1番がいるの?」 「え、ちょ、ま、真悠っ」 途端に真悠は火がついたように身を乗り出して俺へ縋りよってくる。 真悠は周りが見えていなかったようだ。大きな個室の1人部屋で身を乗り出しすぎてベッドから思わず落ちてしまいそうになる。それに気付いた俺は真悠の上半身を急いで無理矢理受け止めた。しかし、真悠の上に置いてあった読みかけの本がドサドサッと崩れ落ちた。 「ま、真悠、とりあえず落ち着こう」 「…やっぱり、俺なんて駄目だ…充希に何もしてあげられないし、こんな俺じゃ…」 「そんなことない、そんなことないから…」 真悠の体を起こし、落ちた本をかき集めて渡す。真悠は自由に動かない自分の体に意気消沈している。 「真悠、落ち込まないで…。俺本当に真悠のこと嫌いになってないし、好きだよ」 その言葉に真悠がじっとこちらを見つめた。 無言で俺の言葉を待たれる。 俺はどこか口が重く開く感じがした。それでも、真悠にはこういうしかないとおもった。 「真悠のこと1番好きだ。だから、自分をそんな卑下しないで」 真悠のくりんとした目が大きく見開かれた。 「それって、本当…?」 「うん、本当。だから真悠しっかり身体治していこう」 「充希、本当に、みつき……」 真悠が手を伸ばしてきたから、俺は無条件にそれを受け入れ、彼を抱きしめた。 耳元で泣く真悠をよそに俺はどこか冷静だった。 あんなに怖かった真悠をなぜ受け入れたのだろうか、と。 何もかも支配するかのような圧や充希を中心として生きようとする執着心、勝手に変わりゆく環境に、あまりにもかけ離れた真悠との出来の差。俺は真悠が怖かったのだ。 一方で、この病室の真悠はあまりにも小さかった。子供みたいに何もできないと泣きじゃくる様子はどこか情を感じた。助けてと求められる自分に、どこか突き離せない愛しさを感じた。 今の真悠は俺がきっと必要なのだ。身勝手ながらそう思ってしまった。 偽りとしてもその手を握ってしまった俺は、もう覚悟しなければならなかった。 「真悠、いつも俺助けてもらってばっかりだったから…。俺が次は助けるよ。俺、真悠の足が治るまで付き添うから…」 「…充希」 未だに不安そうに見つめる瞳は純粋な子供の瞳だ。頼ったら嫌われるのではないか、まだそんな恐れが目に見えて、俺はやはり彼を突き放せないなと思ってしまった。

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