106 / 106
【番外編】気になる視線
リクエスト頂いていたお客さん視点でロイアシュのその後をちょっとだけ!
キイトの恋人が出てくるので脇カプ注意です。
カランと重い鐘の音が鳴ると同時に、お洒落なクラシックの音楽が耳に入ってくる。うるさ過ぎないそれは耳に心地いい。
つい立ち止まっているとこちらに気づいた店員の1人が近寄ってきた。
「いらっしゃいませ」
どうぞこちらへ、と言いながら店員は迷いなく奥へと進んでいく。いつもの定位置に案内されたのでこちらの顔を覚えているのだろう。
ここは奥にいるマスターもよく見える特等席だ。たまたま案内されて以降、来る回数が多いからかいつの間にか定位置席のような扱いになっているのは嬉しい誤算だった。
いつもの視界にほっとすると同時にようやくお腹が空腹を主張し始める。
いくつかのメニューを見たあと、とりあえず注文を済ませようと手元のボタンを押す。やってきたのは見知った店員の1人――アッシュさんだった。
「……!いらっしゃいませ」
アッシュさんへひらひらと手を振るとすぐに気づいたらしく、ニコリと笑われる。
つい先日までの暗い表情へ取ってつけたような笑顔とは違う。存外柔らかいその表情で直ぐにピンと来た。
「マスターとは上手くいってるみたいだね」
途端、白い頬に赤みが差す。
「えっと、あの……」
「だいじょーぶ、ちゃんと内緒にするよ」
ロイさんのファンが多いここで大々的に打ち明けるとは思っていない。
それでもつい口に出してしまいたくなるのはあまりにも初々しいからだろうか。
――可愛いなぁ。
多分自分より少しだけ年上だとは思うのだが、その反応は完全に恋愛初心者のそれである。
夜のお店も多いここでは珍しいことだろう。
特にこの店にはどちらもいける、もしくは完全に恋愛対象が男性な人も多い。
元々ロイさんはゲイバーで働いていたと聞くし、バース性もある昨今では珍しい事でもない。
スバルの様などっぷりと夜の町へ浸かりきったタイプには過ごしやすい場所だ。
だからこそ、アッシュさんのような人は珍しい。
店を見渡すとスバルから注文を取ったアッシュさんが今度は別の所へ注文を取りに行くのが見える。
メモを書きながら目を伏せる仕草には独特の色気が滲んでいた。
アッシュさんは、最初の頃とは随分と印象が変わっている。スバルが初めてここへ来た時、彼はあまり印象に残らないタイプの人間だった。
手際は良いしホールを上手くまとめてはいるが、言ってしまえばそれだけだ。
目を引くと言えばやはりマスターであるロイさんや聞き上手に褒め上手なシマさんの方だった。
それがここ最近になって変わったように感じるのはやはり同族だと気づいたからだろうか。
ずっとベータだと思っていた彼はいつの間にかオメガ特有の雰囲気に変わっていた。
まるで途中からバースを塗り替えてしまったような雰囲気の差。バースが途中から変わるということも無くはない。
まだお目にかかったことは無いが風の噂でそういう子がいるとも聞く。
そして、大抵の場合突然のヒートや今までとは違う日常に対応し切れずスバル達がいるような風俗店へと堕ちてくる。
スバルの場合、この仕事に誇りを持っているので自分自身を武器にすることは嫌ではない。けれど、そんな考え方が稀なことは自分でもよく分かっていた。
しかし、どっぷりとこの世界に浸かっているからこそ同族への気配には敏感な方だと思っていたが――今の今までアッシュさんからはそんな気配を微塵も感じなかった。
もしかして本当にバースが途中から変わったのでは?
なんて考えたこともあるが、詮索するだけ無駄だろう。
そもそもわざわざ聞く気もないのだが。
それに、意中のアルファが居るとオメガの性というのはアルファ性に引っ張られてよりフェロモンが強くなるらしい。どちらかというとそっちの方がスバルの中では有力説だったりする。
あれだけの執着を見せられて今まで平然としていたことの方がおかしいのだ。
――なんて思いながらとりあえず注文を済ませていると綺麗に頭を下げて去っていく。
背が高い上に細身だからか、つい腰元に目が行く。
細すぎるスタイルは男でも女でも魅力としては欠けてしまうが、アッシュさんからは色気を感じる。
随分前からマスターにジムへと連れて行かれると言っていたのでその成果が出ているのかもしれない。
向かいの客がアッシュさんをチラチラと盗み見ているのが視界に入った。
最近はああやって男性の視線も集めてしまうらしい。
もともと持った穏やかな笑顔にオメガ特有の色気も加わったとなれば気にもなるだろう。
特にこういう大人しいタイプはここでは珍しい。
――変なのに引っかかりそうだなぁ。
物腰が柔らかいので他で受け入れてくれなかった所謂面倒なタイプの男が寄っていきそうである。
とはいえ、それを「恋人」が許すはずもない。
接客している時には決して見せないが、今もふとした時にチラチラと見つめる客へ強い視線が刺さっている。
――おー、怖い……。
あまりにも目の奥へ棘を含む視線だ。見ているこちらの方が無意識に寒気が走る。
しかし相手はそういう視線に慣れていないのか、違和感を感じつつもその出処が分からずにいるらしい。
キョロキョロと周りを見渡す視線は何処か不安げだ。
――ご愁傷さま。
マスターがあれだけで終わらせるとは思えない。
彼――ロイさんは夜に住むスバル達のような間ではとても有名な人だ。
あの美しい顔と元々の活躍の場のことも勿論関係あるのだが、何より大切なのは決して怒らせてはいけない人だということ。
怖い人たちとも関係が深いと聞くし、新人たちには特にあまり関わらないよう釘をさしている。
それでもロイさんへ無謀にもちょっかいをかけてある日町から消えていた――なんて嘘かホントか分からないような話もあるくらいだ。
綺麗な花には刺があるなんて言うけれど、まさにロイさんはそれを体現している。スバルの中で彼は美形だけれど手を出してはいけない人として刷り込まれている。
だというのに彼が選んだのはそういうこととは無縁そうな大人しい彼 だった。
一体どこへそんなに惹かれたのかぜひ聞いてみたい気もする。
――恋愛とかそういうものは下手そうだから相談に乗るといえばすぐに話してくれそうだなぁ。
だが相手がロイさんともなればとてもじゃないが気軽には聞けない。下手すれば先程の客のように目をつけられてしまうことだろう。
「人のことばっかり心配してる場合じゃないか」
ポツリと言葉を漏らせば元気そうな声が後ろから響いた。
「あー!!すばるん!」
振り返れば、嬉しそうに手を振りながら走ってくるのが見える。見慣れた金の髪が揺れる様が可愛らしい。
「来てたなら言ってよー!」
「忙しそうだったから」
半分は本当だけれど、もう半分は嘘だ。
待っていればこうして嬉しそうに寄ってきてくれると分かって味を占めている自覚はある。
「ね!俺もうすぐ上がりだから待ってて欲しいッス!」
「んー、どうしようかな」
「だめ……?」
しょんぼりと眉根を下げる姿に犬耳の幻覚が見える気がした。
思わず笑ってしまうとそれだけで釣られて笑顔を見せる彼が眩しい。
「うそうそ。勿論いいよ」
「やった!」
最初からそのつもりだったが、この顔が見たくてつい渋ってしまった。
この子がアッシュさんを色々助けていると聞くし、恋人としては何か火の粉を被るのではないかと心配だ。
「もうちょっと自衛して欲しいなぁ」
「んあ?なんか言ったッスか?」
「なーんにも」
どうせ止めた所でキイトは聞くわけもない。誰に対しても誠意を見せる優しい子だ。
そもそもお互いのやることには干渉しすぎないと約束している。
それならばせめて腹いせに酒の肴にでもさせてもらおうという魂胆だ。
「キーくんいつものお酒追加でお願い」
「はいっス!」
――これから2人がどうなっていくのかが楽しみだ。
スバルが微笑むと、何も知らないキイトは不思議そうに首を傾げた。
―――オマケの2人―――
「ロイさん……何かしたでしょう」
「別に何も?」
「知らないフリしてもダメですよ!あのお客さん、物凄い勢いで出てったじゃないですか」
何をしたんですか?と尋ねると肩を上げるジェスチャーだけが返ってきた。
「それよりも、」
トン、と背後の壁へ手をつかれ行き先をさえぎられる。
「あんな熱烈な視線を貰っておいて庇う気なの?」
「別に庇ってるわけじゃ……」
「じゃあもう良いでしょ」
そっと顔を近づけられて頬が赤くなる。
つい許してしまいそうになるがそうはいかない。
「そういってお客さん追い出すの何回目ですか!もう……」
「君に不埒な視線を寄越すからでしょ。害虫駆除した僕がなんで怒られなきゃいけないの」
「害虫って……」
「害虫でしょ。だいたい、君モテる自覚ある?」
「モテるわけないじゃないですか」
「ほらね、ないでしょ。だからこれは僕がやらなきゃいけないの。だから」
ご褒美ちょうだい?と言われてあっという間に押し倒されたのだった――。
ともだちにシェアしよう!