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08
「会長様、おめでとうございます!」
「え、ああ」
大塚の言う通り、廊下を歩いているとそんな言葉を掛けられるようになった。
「お幸せに!」
「…………」
俺に声を掛けて来るのはよく知らない生徒ばかりだが、そもそもその台詞は結婚が決まった時に言われる台詞じゃないか?
「……ぷっ」
どうやらそんなことを考えているのが大塚にはバレバレだったようで、大塚は生徒が去って行った後に堪らず吹き出した。
「…………」
「いや、悪い」
なんかもういちいち言い訳するのが面倒臭いのもあって、言われるままにしていたりする。結局は明日の生徒総会で釈明会見をすることに決まったし、ここで言い返すと更にややこしくなり兼ねないからだ。
大塚の言う通り概 ね歓迎ムードのようで、反対する声や批判的な声は聞かれなかった。それは間借りなりにも俺が会長で、一般生徒じゃないからだと思うと複雑だけど。
「祝福の声かあ……」
結婚云々 は置いといて、少なくとも俺と鷹司が付き合うことに関しては周りから祝福されているらしい。そもそもあの記事でキスしてる(ように見える)ことが問題だと思うんだけど、それを飛び越えて祝福されるってどういうことよ。
あの記事の見出しにあるように、鷹司と熱愛している事実はないんだけども。正直なところ、鷹司に恋愛感情は全くない。今のところは。
(……ん?)
なんか今、胸に引っ掛かったような気もするが、俺は思わず溜め息をついた。やっと生徒会の仕事が滞りなく進むようになって来たのに、今は恋をしている暇なんかない。
(んん?)
今じゃない。うん、今じゃないんだよな。もしかして、気持ちに余裕が持てるようになったら、俺もいつかは恋をするようになるんだろうか。
「つか、するんじゃなくて落ちるんだっけ」
隣に大塚がいるのを忘れ、盛大な独り言を言ってしまった。案の定、耳聡 くそれを聞き付けた大塚は、俺の前でにやにやと意味ありげに笑っている。
悔しくてじとりと睨み付けてやったら、大塚は人差し指で眼鏡の支柱を定位置に直した。しれっと俺の親衛隊長の顔で俺の隣を歩く大塚。さっきまでのだらしないにやけ顔はどこへやら。きりっと顔を引き締めて。
「羽柴様、おめでとうございます。親衛隊としてもお二方の交際は大変喜ばしいことですよ」
俺におめでとうと言って来た生徒の前で、大塚はわざとらしくそう言った。キャーと黄色い歓声が上がって、見ればさっきの子達が両手を握り合ってぴょんぴょん跳び跳ねている。
「はあ……」
思わず再び溜め息をひとつ。盛大な勘違いをされてることを思うと目眩 がしそうだ。けどまあ、鷹司と付き合うなら歓迎されるってことか。そう思いつつ俺達は廊下を後にする。
この時の俺は、自分が鷹司と付き合うと前提した考えに納得していることに気付かずいたのだった。
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