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 ……大和と付き合い出したのは今から四年前、俺が高校一年の時だ。二つ年上の大和は同じ高校の先輩で、所属していた剣道部で知り合った。  部の主将だった大和は、その当時遊び人風な出で立ちだったくせに、猪突猛進型というか、一度決めたら絶対に譲らないという性格で、告られたその日に付き合う形となった。何だかんだでもう四年目だ。今さら大和以外の男、まして女とは付き合う気にならない。  卒業後すぐに家を飛び出して大和と同棲を始め、大和が店長を任されているこの雑貨屋「グラヴィティ・ヘブン」にバイトとして入った。これも渋々、だ。販売職なんて面倒だと思っていたが、こちらも何だかんだと二年経つ。  ここは大和の知り合いが経営している雑貨屋だけど、その知り合いの男はここから徒歩で十分ほど離れた場所にも別の店を出していて、主にそちらの面倒を見ている。宇宙空間をコンセプトにしている俺達の「Gヘブン」よりも少しアングラな雰囲気で、一般客には近寄りがたい店だ。その名も「グラヴィティ・ヘル」。  ちなみにGヘブンのスタッフは俺と大和だけで、当然休みなんて殆ど無い。そこまで忙しい訳じゃないし、狭い店だからスタッフが一人いればそれだけで充分なのだが、十一時間労働の中で休憩時間を確保するためには、やはり二人いなければならない。  俺は人件費のことまではよく分からないけど、たぶん大和はだいぶ無給で働いてるんじゃないかと思う。月に四、五回、俺が休みの日でも大和は一日中店に立っているのだ。労働基準法も何も、あったモンじゃない。 「それにしても、女の子って健気だよな。別に俺達とそこまで親しくないのに、早起きしてチョコ作ったんだって」 「手作りのチョコって苦手だ」  呟いた俺を鼻で嗤い、大和が貰った箱を開けてハート型のチョコを一つ摘んだ。 「中に何か異物でも入ってると思ってんのか? 今どきそんなことする子いないだろ。俺が先に食ってやるから、見てろよ」  口の中にチョコを放った大和の横顔をじっと見つめる。すると、ふいに大和が顔を顰めて掌にソレを吐き出した。 「汚ねえな、何やってんだよ」 「ん。なんか中に……無機質な物が……」  見ると、小さく折られた紙切れがチョコの中に混ざっている。大和がそれを怖々開くと、そこには丸っこい文字でメールアドレスが書かれてあった。 「………」 「……ほらよ、チカ。これお前のだ。左側にあったチョコだから、お前の。良かったな」 「ち、近付けるなっ。捨てろよ、馬鹿!」 「いや、なかなか斬新な手口だ。女子高生の間で流行ってんのかな」  この分だと、スタッフルームに積まれたチョコにも手を付けない方が良いかもしれない。そもそも俺は他のお菓子ならともかく、絶対に手作りチョコだけは口に入れないと決めている。中学で初めてチョコを貰った時、中に「恋が実る香水」が練り込まれていたのを知らずに食べてしまったトラウマが、今でも強烈に残っているからだ。 「で、チカちゃんは? 俺にチョコないの、手作りで」 「そんな暇ない。大和も分かってるだろ」 「普通はさ、彼氏に悟られないようにこっそり用意しておくモンだろうが。四年も付き合ってるのに、高校の時から一回もくれたことないよな、お前」 「なんで俺からあげなきゃならないのだ。そういう大和だって、毎年俺に何もくれないじゃん」 「俺は普段から部屋を提供してやってるだろ。食費だって光熱費だって全部俺持ちだし、毎晩美味しい料理も作ってやってる。朝はお前を起こして、着る服出してやって、帰ったら風呂で背中流して。女王様と召使だぜ、これじゃあ」  確かにその通りだけど、どうしても俺はチョコなんか作る気になれない。それに市販の物を買いに行くのだって気が引ける。この時期はコンビニで板チョコを買うのだって嫌だ。大和も同じ男として、その辺の心理を分かっていても良さそうなものだけど……。 「たまには俺にも何かしてほしいね。チカちゃんが俺のために何かしてくれるってだけで興奮して勃ってきちゃうよ、俺」 「大和、変態だもんな。見た目は男らしいのに」 「男はみんなそうだろ。お前だって例外じゃねえ」 「俺は違う」 「そうだろ」 「違うね」  不毛な言い争いをしていると、店内に客が入って来ているのに気付いた。慌てて大和から離れ、頭を仕事に切り替える。 「いらっしゃいませ」  入って来たのは二十代後半くらいの男だった。Gヘブンは内装が派手だから、どちらかというと女子供やカップルの客が多い。男一人とは珍しい。プレゼントか何かだろうか。 「店員さんですか。ちょっと聞きたいんですけど」 「はい」 「今かかってる曲って有線? チャンネル教えてもらっていいですか?」  天井のスピーカーを指して男が言った。よくあることだ。俺は内心舌打ちし、なるべく笑顔を作って首を振った。 「CDですよ。エレクトロのマッシュアップで、うちのオーナーが作ったやつです」 「はあ、じゃあ普通には売ってないんですか」 「近くに姉妹店があるんで、多分オーナーいるから聞いてみるといいですよ。ここから右に少し行くと、『グラヴィティ・ヘル』って看板出てるからすぐ分かると思います」  男はそれで満足したらしく、足早に店を出て行った。 「また音楽案内か。面倒だからもっとボリューム下げたいんだよな。でも勝手に変えたら白鷹しらたかくんが怒るだろうし……。だいたい俺、エレクトロとかハウスとかあんまり好きじゃねえし。この店のコンセプトも宇宙空間とかいって、白鷹くんだけだよトリップしてんのは」  やり取りを見ていた大和が苛立ったように言って、忌々しげに天井からぶら下がったスペースシャトルを睨み付けた。  惑星の描かれた壁紙。月面をモチーフにした床。天井にはシャトルの他にも土星や人工衛星の模型がぶら下がっていて、どちらかというと俺は、この遊びっぷりを気に入っているのだが。 「大和だったら、どういう店にしたいんだ」 「うーん。やっぱりエイティーズのディスコっぽい、サイケな感じの。それか六十年代のヒッピーな感じも可愛くて良い。ラブ&ピースだろ」 「それって、根っこの部分は今とあんまり変わらなくないか」 「それか、思い切って超ファンタジーなやつ。店内にペガサスとか雲とか虹が浮かんでんの。可愛いだろ、女子供に大人気」 「可愛いけど。そこに店員として俺達がいたら、気持ち悪がられるんじゃないだろうか」 「あはは、確かに。……なぁチカ。お前、真面目に考えてくれてるか?」 「何を」 「俺とお前で、二人の店を持つ話」 「………」

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