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LOVE to LOVE

 藤山(とうやま)ヒロキはキスが上手い。  高校生にしては背も低く、大きな瞳は猫のようで、どちらかと言えば可愛らしい容姿に分類されるくせに、だ。  こちらの動きを見透かしているかのように呼吸を合わせ、ゆっくり、そして深く舌を使ってくる。心地よくて、気持ちがいい。 「ん……っ、ふ」  自分の部屋の、自分の布団の上で恋人と唇を合わせる中で、桃原俊介(とうはらしゅんすけ)はそんなことを思っていた。  あまりに上手いものだから、こいつ実はものすごい慣れてるんじゃ? とそれはそれで複雑な気持ちになって俊介は一度ヒロキに尋ねたことがあるのだが、その時の返事がこれだった。 「いや? 俊介を味わいたいーって思ってやっただけ」  俊介にはさっぱりわからない理屈だったが、そんなものなのかもしれない、と納得もさせられていた。ヒロキは、どこか感覚で生きているところがあるからだ。  しなやかで、自由で、でもこちらのことをよく見てくれていて、懐っこく笑う。  俊介は、そんなヒロキといるのが好きだった。 「考えごとなんて、ずいぶん余裕ですねえ俊介くん?」 「え、あ」  唇を離した一瞬の隙に押し倒され、再度口付けられる。身体の密着度が上がるなかで、俊介の情欲も跳ね上がる。 「ふぁ、ちょ、ヒロ、ま……っ」  いや、でもこのままでは。快楽の波に必死に抗って、一旦俊介は唇を振りほどいた。乱れた呼吸を整えながら、目と鼻の先ほどの距離で首を傾げているヒロキを見上げる。 「どした? 俊介」 「ちょ、待って。え、このまますんの?」 「え、なにを今更。こんないい雰囲気のなかそれはないでしょ俊介くんよ」 「そうじゃなくて! なんで俺が下なのかってこと! 今日はまだ決めてないじゃんか!」  男同士で付き合う、というのは昨今それほど珍しくないのかもしれないが、中でも俊介とヒロキは少し特殊だった。性行為における男役と女役、いわゆる受け攻めが定まっていないからだ。その時その時で、二人はどちらもこなす。  枠に囚われず、呑気とも言っていいヒロキはあまり気にしていないが、俊介は違う。そこはやはり男としての矜持があるから、基本は抱く側をやりたいと思っている。  かと言って、飄々としたヒロキが時折見せる激しさのままに抱かれるのも好きなので、一概にそうは言い切れないのだが。まあ、そんなことは恥ずかしいから口が裂けても言わないけれど。  そんな関係性もあって、付き合う時に二人の中で決めたルールが、「ゲームなど、なにかしらの対決でその日の受け攻めを決める」というものだった。 「今日まだ決めてないし、このまま俺が下なのはルール違反だろうが!」 「とはいえ、今からなんかして決めるのもなんじゃね?」俊介の上で、ヒロキはどこまでもあっけらかんとしている。「今日はもうこのまま俺が上でいいじゃん」 「よくない! こないだだってヒロキが上だっただろ!」 「それは俊介がマリカーで負けたからだろ?」 「違うコースだったら俺が勝った」 「じゃあ今度は俊介がコース選んでいいよ。とりあえず今日は俺が上ね」 「ちょ! とりあえずおまえどけって」  とりあえず、この不利な体勢をどうにかしなくては。 「そう言えば昨日さあ」しかし上体を起こそうとする俊介を、ヒロキが笑顔で制した。「俊介、他校の奴らと喧嘩したじゃん?」 「は?」  確かに、した。だけどいま関係のある話とも思えなかった。「それがどうし」 「俺、言ったよなあ? 相手のホームだったしなにがあるかわかんないから無茶すんなって。それを無謀に攻め込んでそのキレーなお顔に傷を付けちゃったのはどこの誰だったっけ?」  これは、結構怒ってる。これまでの経験上、俊介はそれを知っていた。ここで言い訳をすると、かえって逆効果なことも。 「じゃ、今日は俺が上ね? 俊介ぇ」  満面の笑みを浮かべたヒロキが、なにも言えなくなった俊介の唇を塞いだ。けれどその舌使いに強引さはなく、優しく、そして深く口内を味わい尽くそうとしてくる。  そんな口元の愛撫に絆されるうちに、どっちが上とか下とか、そんなものはどうでもよくなって。 「っ、ヒ、ロぉ……っ、あ……ッ」  ただ、ヒロキが好きで、彼を感じたい。  その想いを寄る辺に、俊介は、首に腕を絡めて快楽に身を任せていた。 * 「……いや、確かに好きだ。好きだけど。でも攻め方がねちっこいんだよヒロはぁ!」 「え、なにどしたの急に。ここそんなにいいの?」  言って、ヒロキがぐっと腰を押し出す。屹立した性器を受け入れる結合部がぐちゅ、と音を立て、俊介の口から淫靡な声が上がる。 「あっ、ちが、そこばっか……っぁ、んんっ」 「ここの奧のとこ、擦られるの好きだよな俊介」  俊介のポイントを熟知しているヒロキは、緩急を付けながらそこを執拗に攻める。  普段は大体俊介の意志を尊重してくれるヒロキだが、これだけはいくら訴えても聞き入れてもらえた試しがない。  快感を強く与えることで、俊介の理性という箍を外そうとしているから。より深く、本能のままに乱れるようにと。  本心を隠しがちな俊介の、そんな姿を求めているから。 「そこばっか、あっ、あ、やだ、ってぇ」 「なんで?」 「んんっ、変になるぅ、へんになっちゃ、……っからぁ……ッ!」  意地悪く笑ったかと思えば、腰の動きを止めないまま、ヒロキが固く勃ち上がる俊介のそれに指を絡める。たまらない刺激に、俊介は「ひぁ、う!」と嬌声を発していた。 「いいよ、おかしくなっちゃえよ」  肌と肌を合わせ、耳元で、ヒロキが甘く囁く。「俊介の全部が見たい」 「っ、ひ、ぁ……っ!」  ぞくり、と。  その声で、俊介の理性は飛んでいた。ヒロキを離すまいと無意識で腰に足を絡め、羞恥もなにもなく、全身で快楽を受け入れる。  抗わず、流される。心のままに。 「ふぁ、あっ、ヒロ、ヒロぉっ」 「俊介、きもちい?」 「きもち、い……っ、いい、よぉ、もっと、もっとぉ、ヒロ、ぁんっ、ヒロぉ、あっ」 「っごめ、も、むり」  余裕のなくなったヒロキが俊介を抱く腕に力を込め、抽挿を激しくする。感じるままに、俊介の口からは卑猥な声が溢れる。  好きな人が、自分で感じて、全身で求めてくれる。 「あっ、あぁ、ん、ヒロぉ、あ、あぁあ……っ!」  その得も言われぬ感覚に俊介の心身は震え、そして、果てていた。 「は、あ……っ、は……」 「っ、あ、ぁ……っ」  俊介と同じように、達したばかりのヒロキも動けないのか、そのままどさりと覆い被さってきた。  肩で息をするのはわかるが、心なしか身体が震えているようにも感じる。 「……ヒ、ロ……? ど、した? てか、重……」  小柄な体躯とは言え、さすがに弛緩した身体を全て預けられると重い。それでもヒロキは俊介の上から起き上がろうとはせず、首元から顔を上げようともしない。 「ごめ、むり……っ、いまおれ、うごけな」 「え」 「らってぇ、俊介のなか、よすぎ、て」  そっと肩をずらして、隣の様子を伺い知る。 「しゅんすけぇ、俊……っ」  身体を震わせながら、上気した顔で、熱に浮かされた声で、そんな切なげに呼ばれたら。 「しゅ、ん」  今度は、俊介から口付けをしていた。口の端から滴る蜜さえ勿体ない、とばかりに深く、絡めとっていく。  未だ身体に力が入らないヒロキごと上体を起こし、キスで導くようにその身体を横たえ、覆い被さる。それでもヒロキは陶酔しきっており、されるがままだ。 「しゅん、すけぇ……?」 「恋人にそんな顔されて、その気になんない方がどうかしてるから」 「え……あっ?」  脚を持ち上げて、露になった蕾に指をあてがった。互いの身体を汚した白濁を使って、そこをほぐしていく。  俊介自身にもそこまでの余裕がないせいか、多少動作が雑だが気にしない。本来なら、今すぐにでも突っ込みたいところを抑えての前戯だからだ。  文句を言われたらあとで謝ろう。俊介はそう思いながら指を抜き差ししていた。 「しゅ、ぁ……っ、な、に、んんっ」 「今度は俺がする」 「うえっ? ちょ、ま、じで? 俊介、いっつも出したあとへばる、くせに……っ」 「そんだけ減らず口叩けるならもういいな?」  指を引き抜き、返事も待たずに俊介はヒロキの中に押し入った。質量的に無理があったのは最初だけで、亀頭が入ってしまえば、ヒロキの中は難なく俊介自身を飲み込む。 「あ……っ、あ、しゅ、ん、あぁ……っ」  これもまた、無意識下なのだろう。ヒロキが背中に腕を回すと密着度が上がり、俊介の熱も質量を増す。さっき一度達したにも関わらず、だ。  若いなあと、自分で自分に呆れつつ、俊介は腰を動かした。 「んぁっ、あ……っ、しゅ、すけぇ」 「ヒロ、こうやってされるの好きだもんな?」  抜けるギリギリまで引き抜いて、そこから奥を穿つ。腿が当たって音を立て、奥を突かれる度にヒロキが身体を仰け反らせる。 「……っ、あ、しゅん、すけ、っそれ、あ、やらぁ、もっと……っ」 「もっと、なに?」 「足り、な……っ、もっと、おく、までぇ……っ」 「了解」  さっきまでは、プライドも理性も剥ぎ取られてヒロキの前で痴態を晒していたのに、今では一転してその彼を抱いている。自分の下で蕩けるように乱れるその様を、愛おしくさえ感じながら。 「俊介、しゅん……っ」  なんのことはない。相手がヒロキならなんだっていいのだ。きっとヒロキもそうで、だからその立ち位置に拘らないのだろう。  形はどうあれ、お互いがいればそれで。 「ヒロ、っ、おれ、もぉ、イきそ」 「あ……っ、しゅ、すけぇ」  目が合って、せがまれるままにヒロキと唇を合わせる。 「ん、ふぁ、んんーーーっ!」   絶頂の喘ぎさえ分かち合うように、二人は、互いに欲を放っていた。 * 「なあー俊介ぇ、今度はなに怒ってんの? 綺麗なお顔が台無しよ?」 「うっせえ顔とか今どうでもいいんだよ……そんなことよりこの破れたシーツをどうするか考えろってんだ!」  二人の下には、どう隠しても目に入り、そしてどう見ても自然のほつれとは思えないほど裂け目の入ったシーツがあった。  とはいえ、布団にうつ伏せに横たわって頬杖を付いているヒロキは特に動揺した様子もなく、もっと言えば下着さえまだ穿いていない。その呑気さ加減も俊介にとっては腹の立つ一因だったが、それよりももっと決定的な理由があった。  二人の情事は、大体にして俊介の部屋で営まれる。ゆえに、このような二次被害を被るのが、いつも俊介だからなのだ。 「こんなんどう見たって親にバレるだろうが……。これ以上の辱めがあるかよ……」 「縫えば? 俊介、裁縫もうまいんだし」 「おまえなあ……簡単に言うけど結構めんどくさいんだぞ裂け目もでかいし……ってか俺だって応急処置くらいしかできねえし」 「俺それもできないや。力になれなくてごめんなー俊介ぇ」 「おま、全然悪いと思ってないだろ。てかいい加減パンツくらい穿け」 「あ、目に毒? またしたくなっちゃう? 俊介くん」 「殴るぞヒロ」 「ごめんなさい、服着ます」  ヒロキがそそくさと起き上がって身なりを整えていたが、だからどうというものでもない。いくらヒロキがしおらしくなったところで、この喫緊の課題が解決することはないからだ。まあ、黙っててもらった方が精神衛生上いいのは間違いがないが。  諦めた俊介は息をひとつ吐き、同じく最低限の衣服を身に付けて裁縫セットを持ってきた。無駄のない動きでシーツを剥ぎ取り、一発で手縫い針に糸を通してほつれを直し始める。 「すげえー」  横にちょこんと座るヒロキは、まるで魔法でも見ているかのようにそれを眺めていた。童顔な彼が無垢な瞳をすると、もはや中学生を通り越して小学生のようにも見える。さっきまで、あんなに激しく交わっていたというのに。 「前から思ってたけどよ」  頭に浮かんだ雑念をかき消すように、努めて冷静な口調で俊介が切り出した。「これ、不公平じゃね?」 「ん? 裁縫もできるなんて俊介は将来いいお嫁さんになるんじゃねってこと?」 「聞けよバカ。不公平じゃね? って言ったんだよ」 「え。不公平?」ヒロキが、ただでさえでかい目をさらに見開いてぱちくりとさせる。「なんで? だって今日は二人ともしたじゃん。むしろ公平じゃね?」 「そうじゃなくて、いつも俺ん家ばっかでやってるからだよ。だから不公平じゃね? って」 「あーまあ、それはそうかも?」  俊介もヒロキも思春期真っ只中だ。そのあたりの内情は、やはり親には知られたくないもので。  親に気付かれないように必死に隠すこの大変さを一度くらいはおまえも味わえばいい。俊介としてはそういう意図で言ったのだが、「んー、そうは言ってもなあ」と、ヒロキはどこまでもあっけからかんとしている。 「俺ん家いつも母ちゃんいるし。でも俊介の家はおばちゃんいつも仕事で遅いだろ? となると必然的にそうなっちゃうよな」  ヒロキのくせに。理路整然と返されるとぐうの音も出ない。  どうにも釈然としないが、口をへの字にしながら俊介は作業を再開した。結局、文句を言ったところでどうにもならないからだ。  そんな俊介の頬に、ヒロキが横から軽く口付ける。 「まあまあ、この次は被害が出ないように努力するからさ」 「………。おまえの努力はあてにならないんだよ」  結局、ヒロキが好きで、この笑顔に弱い以上、どうにもならないから。  くそ、今度は絶対俺から抱いてやる。二回目もできないくらいに抱き潰してーーー。 「なあ俊介、そこ糸絡まってね?」 「あ」  ふと目を落とすと、確かにそこに容易にはほどけないくらい縺れた糸があって。  ドンマイと、ヒロキが軽く笑った。

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