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朝の出来事
その晩俺は変な夢を見た。それは何故か俺の身体が触手のようなモノに包まれて繭のようになって守られている夢。起きてみたらライザックにがっちり抱きしめられ身動きが取れなくなっていたので、そのせいで変な夢を見たのかと俺は苦笑する。触手 に襲われて散々な目に遭った俺がそんな触手に守られるだなんて、それはそれでおかしな話だしな。
ハロルド様と共に隣室にいるミレニアさんは俺に何も語らない。接する態度もいつもとなんら変わらず、ミレニアさんの心の内は俺にはよく分からない。結婚相手を巡ってのライバルというのなら、もっとこう何かあってもよさそうなものだけど、ライザックに対する態度もいつも通りで変な感じ。
まぁ、たただでさえ訳が分からない事になってるのに、これ以上ごたごたしたい訳じゃないから良いんだけどさ。
そんなこんなで迎えた翌朝はそれはもう良い晴天だった。俺は昨日と変わらず腹が減っては戦はできぬとばかりに朝食を欲し、ライザックはライザックで「本当にやるのか?」とおろおろしている。こっちはもう腹をくくっているせいか、体調不良も比較的軽く空気の読めるいい子だなと、俺は自身の腹を撫でた。
そんな俺達を見やるハロルド様は家では見た事がないくらい機嫌がいい。満面の笑みという訳ではないが、いつも不機嫌そうに部屋に籠っているハロルド様しか見た事がない俺からすれば、普通に歩き回って周りと喋っているというだけで十分元気に見える。
これでもし俺がロゼッタを負かしてしまったらこの人は一体どうする気なんだろう? というか、こんな企てをする人が何も考えてない訳もない、なにか謀略のようなものがまだ残されている可能性も残っているのだ、気を引き締めてかからないとな。
「おはようございます、好敵手 殿」
声をかけられ振り返るとそこに立っていたのは深紅のモーニングコートを身に纏ったロゼッタさんだった。襟や背中に同色の糸で刺繍が入っているので一見それほどにも見えないのだが、よくよく見るととても派手だ。だけど、やはり仕立ての良いそのスーツは彼によく似合っている。そしてそんな彼の背後には取り巻きなのだろうか? 彼より大きな男達がずん! と何人か立っていて何だか怖い。
一方で俺の方はと言うと朝になったのでドレスコードに従って着替えはしたのだけど、スーツなんて着る事ないから適当に選んだ濃紺色のスーツでこうやって並んで見るととても地味。というか着慣れないスーツは完全に浮いていて七五三のようで格好悪い。でも、仕方ないよなこんな服今まで着た事ないんだから。
「おはようございます」と慌てて俺が頭を下げると、彼の取り巻き連中はけらけらと笑う。庶民生まれ庶民育ちの俺だからな、スマートに挨拶なんてできないんだよっ、くそっ。
「よく寝られましたか?」
「お陰様で」
「それは良かった。私は負けるつもりはありませんが、どうせ勝つのなら万全な状態のあなたに勝たなければ意味がありませんから」
「申し訳ないけど俺もライザックだけは譲る気ないので負けませんよ」
俺がライザックを呼び捨てにした事に驚いたのかロゼッタさんの取り巻き連中がざわついた。
「ふふ、望むところです」
そう言ってロゼッタさんは綺麗に笑う。俺はまた何とはなしに自身の腹を撫で心を落ち着けた。
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