61 / 86
占い師の館
ライザックと付き合う前、まだ妊娠が発覚する前に訪れたその店はわりとシンプルな民家のような建物だったと思うのだが、それから数か月、店の外観はずいぶん様変わりをしていた。あの時にはまだなかった大きな看板が店の前にでん! と置かれてお店自体は分かりやすくなったと思う。店の前面には飾りのように何かの蔦が伸びていて壁を覆い、その胡散臭さは二割増し。
あの時は店の外にまで長蛇の列が続いていて、なんだこれ? と思ったものだが、現在そこに列はなく本当にそんなに人気なのかと俺が首を傾げると、ハインツは「人気すぎて完全予約制になったんだよ」と笑みを見せた。
今日は急遽やって来て、そんな予約も取っていなかろうと思ったのだが、そこに現れるのが先程の特別優待券だ、要するにあれは予約無視のフリーパス券だという事だ。
店内に入ると待合にはぼちぼち人がいて完全に客がいない訳ではなさそうだ。だけど完全予約制って事はその客の数が俺達の目に見える訳じゃないし、本当にあの頃程の人気があるのかどうかはこちら側からは分らないと考える俺はやはりハインツの言う事を真に受ける事はできない。
そういえばハインツもだけれど、よく考えたらライザックも少なくとも二回はこの店に顔を出してるんだよな、この店がなければたぶん俺とライザックは出会っていなかった訳で、運命的ではあるのだけどそれでもやっぱり胡散臭い!
「お次の方どうぞ」
次々と待合にいる人が扉の向こうに消えていく、けれど入った人が出てくる事はなく、次の人が呼ばれるので俺が首を傾げると、この店は混雑を避けるため入口と出口は別になっているのだとハインツは言った。
「混雑って、こんなに人少ないのに……」
「今はね、カズだって最初の頃の列見ただろう? この待ち合いもあの頃は人でごった返してて大変だったんだよ」
確かに言われてしまえばそうかもしれない、今の人数なら全然余裕のある待ち合いだけど広さ的には然程広くはないし大勢が出入りするには向いてない、だったら一方通行で流してしまった方が人のはけは良いのだろうな。そういえば、ライザックと遭遇したのも店の裏側の方だったと俺は何とはなしに思い出す。
多少の待ち時間はあったもののハインツと話しながら待っていたらそんな時間もあっという間で、気が付けば間もなく俺達の番、とはいえ俺は付き添いみたいなもんだけど。
「カズは占い師さんに何を聞く?」
「俺は別にいいよ」
「え~せっかく来たんだから何か聞いたら?」
「別に何も聞く事ないし……」
そういえばこの占い師の得意な占いは未来予知 だったか、だったらほんの少しだけこの子の未来を視てもらうのもありかもしれないな。そうは言っても元気に生まれてくれさえすればそれでいいけど。
占って欲しい内容はあらかじめ占い師に告げられるようで俺達は簡単な問診票のような物を書かされ、それをスタッフが回収していく。しばらくすると「お次の方どうぞ」と声がかかり、ハインツは楽し気にぴょこんと椅子から立ち上がり俺を促した。
「カズ、早く早く」
今の俺は妊夫だからそんな機敏には動けない。よっこいせと立ち上がったら腹の子にぽこりと中から蹴られて腹を撫でる。腹の中で自己主張をするかのように動く我が子、元気に育って嬉しいよ。
扉の奥は廊下になっている、ハインツはもうここへは何度も足を運んでいるので躊躇う事なく奥へと進む。薄暗い廊下の先に光が見えた。その光は垂れ幕越しに奥の部屋の光が漏れているのだ。目指すのはたぶんその部屋。暗闇の中の光、なんというか演出的にはばっちりだよな、なんとなく厳かな気持ちになる気がしなくもない。
ハインツがその垂れ幕を捲り上げると部屋の奥の方に人影が見えた。その人は全身を長いローブで覆い隠しているがとても美しい男性だった。長い髪は陽の光にキラキラと反射する白銀色で、けれどそんな髪色をしているのにも関わらず容姿はとても若く美しい。
ローブのせいで彼の肌はほとんど見る事が出来ないが肌も驚くくらいに白いのが分かる。天窓から零れる光が彼に集中するように設えられているのだろう、そんな光の中に佇む彼は神々しい神様のようにすら見えて俺は微かに息を呑んだ。
「ハインツさん、また、おいで下さったのですね」
「はい! 僕、I・B先生の大ファンなので!」
なるほど、占いの結果もさる事ながら、どうやらハインツはこの占い師自身にも魅了されているのだろう、確かにこれだけ美しければ目を奪われるのも分からなくはない。
「そちらは?」
「友達を連れてきました! こいつ先生の占いに滅茶苦茶懐疑的なんで、なんか言ってやってくださいよ!」
「ふふふ、別に信じる信じないは人それぞれだもの私はそれを他人に強制するつもりはないよ。信じる人だけ信じてくれたらそれでいい、君のようにね」
ふわりと微笑む占い師、その瞳は光の加減で紫にも赤にも見えてそれだけ取ってもとても神秘的だ。
「子供が、おいでなのですね」
「え!? ああ――」
「綺麗な色、でも……」
急に占い師の顔色が陰る、「でも」なんだよ!? ってか綺麗な色ってそもそもなんだ! 思わせぶりなのやめろよな、いや、それがそもそもこの人の商売なんだろうけど!
占い師が俺を椅子に座るようにと促した。そして腹にローブで隠れた手をかざす様にして何か考え込んでいる。
「あなた、もしかして過去にワームに襲われた事がありますか?」
「え? 何でそれを!」
占い師の常套手段、最初にアンケートやら問診票やらを書かせておいてそれをさも知っていたかのように語りだす、待ち合いで待っている間に俺達はそういう問診票を書かされていて、そういうインチキ占い師だと頭から信じていたのに何故かピンポイントで書いてもいないワームの話を振られて俺は驚く。
「不安、不遇、恐怖、混乱」
「は!?」
「この子は残念ですが、生まれるべきではない」
「ちょっと!? あんた突然何を!」
「そうですよ、さすがに先生でもそれは酷い!!」
突然の腹の子に対する完全否定、間もなく生まれるというのに何故そんな事を言われなければならないのか。占い師の信奉者であるはずのハインツですら眉を顰めて抗議する傍ら、占い師は困ったように眉根を寄せた。
「申し訳ないけれど、私は自分の視たものをそのまま語る事しかできないのだよ」
「視たって一体何を……」
「この子は強い、強いゆえに周りを不幸にしかしない。それは親であるあなたも例外ではない……あぁ、ダメだ――私を呼ぶな!」
「なに――」
言った刹那、占い師のローブが大きく膨れ上がる、それは人の体裁を無視した形に。占い師は己の身体を掻き抱くようにして膝をつき、呻くように崩れ落ちる。
「先生!? ちょっと誰か! 誰か来て!!」
ハインツが部屋の外へと駆け出していくのだけど、俺は機敏には動けなくて呆然と彼のその変容を見守るしかできない。長いローブ、その裾端から覗くもの、俺はそれに見覚えがある。それは、俺がこの世界にやって来た日、俺を襲ったあの忌々しい触手 そのもの。
「あんた、それ……」
「その子は私と同じ、幸福にはなれない。産むべきじゃない、産んでは、駄目だ……」
占い師のただでさえ白い顔が蒼白に、彼は呻くように意識を失う。そしてそれと同時に彼の変容は止まり身体も元の大きさへと戻っていく。俺は恐る恐る彼のローブの端を捲った、けれどそこにあったのは普通の人間の身体で先程の触手のような物は見られない、けれどその彼の手の指が人というには長すぎて、俺は息を呑んだ。
ともだちにシェアしよう!