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訪問
ライザックの宣言通り、数日後には俺達はオーランドルフの家の前に立っていた。
俺の腕の中ではシズクが物珍しそうな表情で辺りを窺っている。占い師の所へは時々通っていた俺達だけど、それ以外への外出は今までなかったものな。
「ここな、パパの昔のおうち。でっかいだろ?」
初めてこの屋敷の前に立った時、自分がこんな事になるとは思っていなかった。あの頃ライザックはこの家を「大きなほったて小屋」だと言ったのだ。その言い方はどうかと俺は思ったけれど、この家の内情を知った今なら分かる、見てくれの問題ではなく、ひとつの家庭としてもこの家はライザックにとっては#空虚__からっぽ__#な家だったのだろう。
まるで大きな屋敷の中に他人同士が身を寄せ合って暮らしているような、この屋敷はそんな家なのだ。
傍から見れば絢爛豪華な生活をしているように見えるかもしれないが、中身は何も伴わず、現在の俺達の暮らす小さな家より寒々しい。たぶん、そんな生活にライザック自身疲弊していたのだろうな。
シズクが俺の服の胸元を小さな手できゅっと掴み、俺の胸に顔を埋めた。
「ん? どうしたシズク?」
人見知りなどを一切しないシズクにしては珍しい反応に俺は小首を傾げる。
「どうかしたか? カズ?」
「ん~ちょっとシズクが嫌がってるっぽい、なんだろ?」
「あの占い師I・Bも不思議な力を持っている、もしかしたらシズクにも似たような力がないとも言い切れないな。シズク、何かを感じるのか?」
物言わぬ赤子は俺の胸元に顔を埋めたまま何も言わない。確かに占い師は未来予知 の力を持っていて、その未来を当てていたのだから、もしそんな力がシズクにも備わっているのだとしたら、やはりこの家は俺達にとってあまり良い家とは言えないのかもな。
それでも俺達はこの家を避けては通れない、俺がシズクを抱え直してライザックを見上げると、ライザックはひとつ頷いて屋敷の扉を叩いた。
「はい、は~い、ただいま!」
屋敷の中から元気な声が聞こえる、声の主は言わずと知れたハインツだ。
「わ! ご主人様だ、お帰りなさいませ! カズも! 珍しいな!」
相変らず元気のいいハインツはポンポンと言葉を投げて寄越す。よくよく考えれば、こんな大きなお屋敷で、こんな丁重さの欠片もない応対をされるのもこの家ならではだよな。
ハインツは俺をもう使用人仲間ではなくご主人様の嫁「奥様」だと認識しているらしいのだけれど、その対応は今までの対応と変わらない。世間一般では不躾であると言われるのかもしれないけれど、俺は逆にそんなハインツの対応が嬉しくてそのまま放っておいている。
ハインツには裏表がない、とても素直で何事も柔軟に受け入れる適応力を持っている。少し他人を信じやすすぎて騙されやすそうではあるけれど、だからこそこの屋敷で長く勤めていられるのだろうなとも思うのだ。
「ハインツ、母上は?」
「いつも通りお部屋に居ますよ、ただ今、来客中ですけど」
基本的に部屋から出てくる事がないハロルド様は相変わらず自室に籠っているようなのだが、そんな中、珍しい事にハロルド様にお客様が来ているらしい。ライザックが少しだけ怪訝そうな表情で「誰ですか?」と尋ねるとハインツは「アルフレッド様ですよ」と笑みを見せた。
「今までこの屋敷に来られる事はなかったのに、最近はよくいらっしゃるんです。ハロルド様と復縁なさるおつもりなんですかね? 今更って感じもしますし、アルフレッド様が来られた日のハロルド様はとても機嫌が悪くて大変なんです」
ハインツはそう言って苦笑する。
「父上はそんなに頻繁に?」
「最近は週に二・三回はお茶菓子を持って現れます。ハロルド様の機嫌は悪いですけど、アルフレッド様のお茶菓子はとても美味しいんで、それだけが楽しみです!」
どうやらお義父さんの持参するそのお茶菓子のご相伴にあずかっているらしいハインツは呑気なもので、そんな所もハインツらしいと俺は思う。
「ミレニアさんは?」
「それがカズ聞いてくれよ、ただでさえハロルド様は機嫌悪いのに、新しく入った使用人が全っ然使えなくてミレニアさんもずっとご機嫌斜めでさ、遂に昨日そいつクビになった」
苦笑するように続けたハインツの言葉、相変わらずこの屋敷は常に問題山積みなんだな。新しい使用人の愚痴は常々ハインツから聞いていたし、俺はそれに対してハインツには「ご苦労様」と労いの言葉をかける事くらいしかできないのだけど、ライザックは俺の横で何やら難しい表情を見せる。
「ハインツ……」
「はい、なんでしょう?」
「大変申し訳ないのだけれど、近い将来、君もうちの使用人を辞めてもらう事になると思う」
「え……」
ハインツはハトが豆鉄砲を喰らったような表情で硬直した。
「もちろん充分な退職金は用意するつもりでいる、なので申し訳ないんだが、先々を見据えて別の就職先を探しておいてもらえないか?」
「え、え、ちょ……それってどういう……僕、住み込みなんで、すごく困ります!」
「すまない。もう、私ではこの屋敷を維持できない所まできているんだ、この屋敷を売ればまともな退職金は準備できるはず。せめてそれができるうちに片を付けたい」
助けを求めるようにハインツがこちらを見るけど、ごめん、これに関しては俺は何も口出しできない。「今まで本当にありがとう」とライザックはハインツに頭を下げるけど、そんな事されても困惑するばっかりだよな……ホントごめん。
「もしかしてアルフレッド様がここ最近頻繁に屋敷に来られるのもその関係なんですか……?」
「たぶん恐らくは」
ハインツは諦めたように溜息を零して「分かりました」と頷いた。
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