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04
場所は変わって休憩室。
笹山の手により、なんとか無理矢理四川から引き剥がしてもらった俺は取り敢えず余っていたという服に着替え、後処理諸々のためシャワールームのある休憩室まで来ていたわけだが…。
「ほんっとにごめんなさい!」
風呂上がり。
ついでにシャワー浴びてさっぱりし、タオルで濡れた髪を拭っていた俺の目の前。笹山は深く腰を折った。見事なまでの九十度だ。
……そう、先程からずっとこうなのだ。
礼儀正しいというか、真面目でいいやつなのだろう。元凶も元凶、好き勝手しやがった四川の代わりに何故か笹山は泣きそうな顔して何度も俺に謝ってくるのだ。
「いや、もういいから……」
「で、でも……」
「大丈夫、それに、しゃぶらされただけだし……」
全くもってよくないのだが、全然しゃぶらされただけではないのだが。けど、笹山を虐めるみたいで堪えられずついつい許してしまう。
なんかこう、庇護欲をくすぐられるというか捨てられた犬みたいな目で見詰められたらなぜかこちらが罪悪感を覚えてしまうのだから不思議だ。
「そーそーこいつが自分からねだってきたんだしさぁ、俺が犯罪者みたいな言い方やめてくんね?」
「いやお前のことは全然許してねえからなこの粗チンホモ野郎……っ!!」
「ああ?!誰が粗チンホモだ?!」
「うるせえお前が逆ギレすんじゃねえ……!」
そう取っ組み合いになりかけていたところ、慌てた笹山は「阿奈」と嗜めるように四川を羽交い締めにする。
「やめろよ、せっかく久し振りにバイトきたのにすぐ辞めちゃったら」
「いいだろ別に」
「ダメだって、俺たちの仕事が増えるだろ。それに、可哀想だろ、そんなに虐めたら」
「俺悪くねえし、こいつが虐めてくださいって面してる方が悪いんだろ」
「し、してねえよ……!なんだよそれ……!」
言いがかりにも程がある。噛み付きそうなれば、笹山は俺の代わりに「こらっ、阿奈!」と怒ったような顔をした。
「とにかく、新しい人いじめちゃダメだって。店長にまた怒られるよ。阿奈のせいでまた辞めたって」
いいながら四川から顔を離した笹山はそう子供に言い聞かせるように続ける。つか、またってなんだ。前例があるのかこの野郎。
そしてそんな笹山に対し、四川は反省するどころかただ自信ありげに笑ってみせた。腹立つ笑み。
「大丈夫、こいつは辞めねえよ。そんな心配するなって、笹山」
どっからそんな自信沸いてくるんだよ。
あまりにもハッキリと言い切りやがる四川をむっと睨んだときだった、ソファーにふんぞり返っていたやつは突然立ち上がり、そして俺の目の前までやってきた。
ぎょっとした瞬間、やつは耳朶に唇を押し付けるように囁いたのだ。
「辞めたら動画バラ撒いてやる」
そう一言、地獄のような言葉を。
鼓膜から直接流れ込んでくる低く地を這うような声にぞくりと背筋が凍えた。目を見開けば、瞬間、ぬるりと濡れた舌にべろりと耳朶を舐め上げる。やめろ、と振り払うよりも先に四川は俺から体を離し、そして今度は鼻先同士がぶつかりそうなくらいの距離を詰めてくる。
「……わかったか?」
真っ正面。口許に薄い笑みを浮かべそう続ける四川に俺は目の前が真っ暗になっていく。
――卑怯だ、こんなの卑怯だ。狡い。
あんなの、お前の犯罪行為を示すものでもあるくせに、なんでそんなに堂々としてるんだ。
なにも言えなくなり、言葉に詰まる俺に、やつはそれを肯定と受け取ったようだ。
「よっしゃ、交渉成立だな」
にたりと嫌な笑みを浮かべる四川はそのまま笹山に目を向ける。そして高らかに宣言した。
「笹山、心配すんなよ。こいつ辞めねえから」
「っ、なに勝手に……」
「そうですか、よかったです」
言ってるんだよ。
そう言いかけた俺の言葉を遮ったのは心底安堵したような笹山だった。先程までしょんぼりしていた笹山はぱぁっと表情を明るくさせ、嬉しそうに微笑みかけてくるのだ。
「あ、あの、すみません。自己紹介が遅れていましたね。俺笹山透って言います。……改めてよろしくお願いしますね、原田さん」
そうにこりと柔らかく微笑む笹山は骨張った白い手を差し出し握手を求めてくる。
下心のない、純粋な歓迎の握手。
それは下手なセクハラよりも拒むのは難しく、あまりにも純粋な笑顔に気圧された俺は「え……あ、はい」と戸惑いながらもついその手を握り返してしまう。
本当ならもうこの時点で辞表を叩き付けてやってた方がよかったのだろう。
差し出された手を握り返したことに後悔するのには然程時間はかからなかった。
サディスティック・サディズム◆END
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