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  ◇ ◇ ◇ 〝それなりに鍛えているし体力もあるから、俺はそこそこ元気〟  なぁんて言っていた一時間前の俺へ、前言撤回する。  部屋へ帰る道すがらドンドン上がってきた熱により帰宅と同時にフラついてしまった俺は、現在、暑くて寒い風邪特有の症状に見舞われていた。  おかげで即ベッド行きである。  もちろん犯人は三初だ。いつもコイツしかいない。 「うー……熱ぃ……」 「そりゃあアンタ、三十八度九分ですからね」  体温計を持った三初の雑な返事をベッドの中で聞きながら、俺は余計にくらくらしてしまった。  なぜか体温を測るとマシマシでしんどくなる。頭が痛いし、なにより体が重くて仕方がない。 「ゲホッ、ゲホ」 「アホの極みだな……」 「しみじみと言うな」  ベッドサイドから俺を見下ろす三初は、体温計をサイドテーブルに置いて素知らぬ顔だ。  俺は顎まで昨日シーツを変えたばかりの布団を被って、いつも通りの文句を言い返せず小さくなる。  それも仕方がない。  三初が有無を言わせないから渋々納得したくせに、結局三初が言ったとおり、まんまと悪化させてしまった。  今日、本当ならコイツはモールで俺と時間を潰したあと、自分の家へ帰るはずだっただろう。  それがこうして送らせて、ベッドまで運ばせ、俺を寝巻きに着替えさせられ、熱を測らせられたのだ。  正直申し訳ない。普通に申し訳ない。  本人も恩着せがましくなにか言えばいいのに、なにも要求しないのが更に申し訳ない。先輩なのに後輩に面倒をかけるとは。  こうなるとさしもの俺もバツが悪くって、あれこれと言えなくなる。たぶん、喉が痛くて咳が出てきたせいだ。 「……ゲホ……」  顎まで被っていた布団を、口元まで被る。 「ゲホッ……三初、送ってくれて、運んでくれたのは感謝するぜ。んで、俺は大人しく寝るから、お前早く帰れ。伝染る」 「は?」  これ以上後輩の世話になるわけにはいかないと思い、なるべく気丈にそう言った。  醜態を晒すのもはばかられるし……風邪を引いたからって、ずっと見られてても嫌だ。まずい。  それにこういう時に世話になるって、散々抱かれる代わりに朝飯を作ってもらうのとは、訳が違うだろうが。  あれは材料費渡してるしな。  キッチリする派だぜ、俺は。 「めんどくせぇなら先輩様の金でタクシー呼べよ。ワッフル食べ損なったから、財布の中身には余裕あるぜ」 「……へぇ。薬は?」 「あー……どっかにあんだろ。なくても寝たら治る。いつもそうだしよ。つか子どもじゃねぇんだからンなこと気にすんな」 「ふーん。んじゃ、飯は? 汗酷いですけど風呂入れないでしょ。放置して悪化は有り得ないし、体拭けるんですか? そもそもあんたまだ立てませんよね? 先輩は、一人で、大丈夫なんですか?」 「あぁ? 大丈夫だよ。当たり前だろ」 「あっそう」 「忘れてるけど、見てわかる通りこちとら三十路直前の男だろうが。一人暮らしは長いんだよ。気ィ遣ってんな、バーカ」  元気をアピールするために意気揚々とした声を出した俺だが、三初はなぜかすんなりと引き下がらない。  ジロリと上から物言いたげな視線で刺され、更に深く布団に潜った。  な、なんだよ。  そりゃ普通より高めの熱だろうが、死ぬわけじゃあるまいしマジで大丈夫なのに。  飯は冷蔵庫にあるだろうし、薬は確か会社のデスクに置いてある。ってそれじゃダメか。まぁでも取り敢えず、風邪というのは寝ていれば治るものだ。  なにを言わせたいのかわからないが、俺も引き下がらずにしばしじっと見つめ合う。 「ふー……なるほどね。わかりました」  ややあって、三初は額に手を当ててから、自分のスマホと財布をポケットにねじ込んだ。わかってくれたらしい。  ほっとして鼻先まで潜っていた顔を、また顎まで外に出した。  ここにいてもし伝染したらことだ。万が一長引いたら、社員二人休みになるしな。  それに三初も一人暮らしだったはずだから、体調を崩すとなにかと苦労するだろう。風邪っぴきの一人は心配だろ? 用心するに越したことはない。 「チッ、マジな時だけまともぶりやがって……昨日ワガママ言ったくせに、被害があると見りゃあ結局他人優先ね……」 「上着忘れんなよ。あとちゃんと金持ってけよ。鍵はポストに入れろ」 「はいはい」  バタン、と扉が閉まり、三初は上着を羽織って部屋から出て行った。  呆れたドライな態度からなんとなく責められているような気もしたが、落ち度のない相手に迷惑はかけたくない。当たり前のことだ。  遠くで玄関のドアを閉める音も聞こえたので、ちゃんと帰ったとわかった。  ふぅ、と息を吐く。  このままじゃいろいろ、まずかったかんな。自覚症状とかクソ喰らえ。

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