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03
誰に言っているのか自分になのか救いようのない言い訳をしながら、できるだけ無になってキーボードを叩く。
フン。俺は三十路目前の酸いも甘いも噛み分けた男だぜ? 恋愛感情の操り方ぐらい、重々承知なんだよ。
嫉妬に満たないモヤを味わったこともそれなりにあるし、恋をしたところでがっついて動いたりもしねぇ。
つか、好きですけど? なんか文句あんのか? あ? くらいの気分で黙して機を待つのみだ。
相手に好きなやつがいるって知ってたら、まぁそうなるだろ。相手誰だよマジで。あれからずっとアイツと絡む人間全員疑っちまってままならねぇぞオイ。
「ケッ。まさかあの中の野郎に懸想してんじゃねェだろうな……欲求不満のホモ野郎め。手ェ早いのは実感済みだぞチクショウが」
独り言を言いつつ、ダカダカダカダカ、とキーボードを強めに叩き潰す大人の俺。
全然? ちっともあたりがつかないのに三初に想われてるやつに嫉妬とか、してねぇよ。するわけねぇわ。チッ。
キレ気味にダカダカダカダカと勢いよく入力を終え、タン、ダーンッ、とほんのすこーしだけ感情を込めてエンターキーを押す。
「おいおいシューウー。キーボード壊すなよ、備品だぜ?」
「アァ?」
鬼気迫る勢いでタイピングしていると、不意に気の抜けた声がかけられる。
それと共にコン、と頭の上に温かく硬い感触が降り、水をさされた俺は反射的に低く唸ってわかりきった相手を振り向いた。
「なンか用かよ、冬賀」
「残業前の一息のおすそ分け」
案の定というか当然のようにそこにいたのは、少し前まで廊下にいたはずの冬賀だった。
ギシッ、とデスクに行儀悪く腰掛けて笑う冬賀の手からホットココアの缶を受け取り、礼を言ってデスクチェアーに深く座り直す。
非常食を入れている引き出しからパイの果実を一つ取り出して手渡し、言外に休憩する旨と感謝を伝えた。
ちなみに甘い飲み物と甘いもののコンボでも、俺は余裕だぜ。
でも今日はちょっと、帰ったら筋トレすっか。
糖分の摂取量でトレーニングを増量するのは、三十路目前ボディへのささやかな抵抗である。意外とイベント事が好きな質である俺は、クリスマスには自分用にケーキとチキンを買う予定だ。
そして年末年始の企画の調整をしつつ、デデニー映画を借りて見るのが毎年の恒例。そのために絞っておかねぇと。
太るために痩せるとは、いかに。
パクリとパイの果実を口に入れてから、カシュッとプルタブを開けてココアを喉に流し込んだ。
疲れた体に染み込む甘さが心地よくて、目尻がゆるりと下がる。
「なーシュウ。お前彼女できたか?」
「見てわかンだろォが。できてたらイブ前に残業なんかしてねェわ」
「はっはっは。じゃあ明日仕事終わったあとに俺とデートしようぜ? 車出すぞー。送迎付きさ」
な? と小首を傾げる冬賀。
それを上目遣いに見ながら、ココアの差し入れの意味を察してジト目で責める。フン。こりゃ賄賂ってわけか。
「ってことはテメェ……また女のプレゼント選びで難航してンのかァ?」
「おうとも。クリスマス当日が一ヶ月記念日でもあるわけで。そこは抜かりなく休みを取ったんだけど、初クリスマス初月記念日でまだ一ヶ月目の彼女に適切なちょうどいいプレゼントがわかんなくてよ。現ナマ渡すしかない感じなんだよなー」
「歴代の彼女がマジで気の毒過ぎるわ」
呆れた勢いで脇腹をドスッと殴ると、心底本気でニコニコと発言していた冬賀は「うげ」と呻いて腹を押さえた。自業自得だ。
この周馬 冬賀という男。
同じイケメンだが三初とは違い、ほぼ間違いがないくらい中身もイイ男である。
ワイルド系のイケメンで愛想もノリも性格もイイし仕事もできる。
気遣いがナチュラルで一度懐に入れた身内は大事にする情に厚いタイプだ。
嘘も吐けばお世辞も言うし好き嫌いだって人並みにあるが、自分と親しい相手には裏表なく接するので男女ともにモテる。
いつも明るくおおらか。
屈託のないサッパリした男前。
そんな冬賀の弱点は、ちょっと間抜けで世話が焼けることと、懐が広い代わりに全力で甘えてくることと、なにより──プレゼント選びのセンスだけが壊滅的なこと、だったりするのだ。
いやマジで。
夜景の見えるオシャレなホテルディナーのシメに現ナマ手渡しだけは引く。
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