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19(side三初)
昔はいわゆるイイコ だった。
本心を隠す天邪鬼なところと人を優位に取り入る癖は、そのへんで身についたサビ。
信号に引っかかり、ブレーキを踏む。
誰もいない助手席を意味なくなでて、喉奥で笑った。
今は本気で気にしていない。
期待されるのは嫌いだし、イメージを押しつけられるのもノーサンキュー。俺は俺でありたい。そこはブレちゃいない。
ただの俺でいさせろと尖ることもなくなったのは、あの人のおかげ、かな。
にんまりと口元に弧を描く。
昔話をしよう。
給湯室で女性社員が集まって俺の話をしていたことがある。
入って半年経ってないくらい昔の話だ。
まとめると〝三初くんって思ってたのと違うね。もっと優しいかと思ってた。手が空いてるなら仕事手伝ってって頼んだのに断られたし食事に誘ったのに断られた〟って感じ。
いやいや。俺、元々優しくないし。顔だけだろ?
資料ファイル届かないからって取ってやっただけで善人だと思わんでくんない?
仕事はアンタので、食事は気分じゃない。それのなにが悪いのかね。
ってのが俺の弁。だからちっとも気にしてない。
その時は悪口祭りから離れたけど、ちょっとしてすぐコーヒー飲もうって戻った。
したら、いた。
でっかい黒毛の狂犬が。
『あ? いや、お前の頼んでた仕事って三日前のだろ? 三日あって手伝われなきゃいけねェくらいの進捗とか普通にヤベェよな。それにアイツぁ初めから優しさ皆無のマイペース野郎だぜ? 思った通りドンピシャじゃねぇか』
『えっ、ちょっと御割くん言い方悪くない? それじゃユカが悪いみたいじゃん!』
『かもしんないけど仲間なんだから手伝ってくれてもいいでしょ? てか仕事だし! 三初くん暇なんだからさ!』
『なに言ってんだ? 早く終わらせたやつがサボりの仕事やるルールならできるやつが消耗すんだろ。そりゃ他が真っ当に忙しくてアイツがガン無視してんなら筋通ってっけど……お前基本喋ってばっかじゃねーか。悔しかったら愚痴ってねぇでとりあえずデスク戻れよ。俺、なんかおかしいか?』
『っ……酷い! なんでそんなこと言うのっ? いつも喋ってるわけじゃないしユカだって頑張ってるのにそんな怒り方しなくても……っ』
『は?』
『っ御割くんサイテー! そうやってすぐ睨むの良くないわよっ。ちょっと言い方ってのがあるでしょ、デリカシーない!』
『は!?』
そう言い捨ててパタパタと給湯室を出ていく女性社員二人の後ろ姿を、ひっそり壁に隠れていた俺はニンマリ笑って見送る。
最高に爆笑した。
先輩の急所を無意識かつ的確に抉った強かな二人は、御割先輩の同期だ。今は異動したけど。
強面の威圧感には慣れてたはずの人たちだが……先輩の眼光は、本人がマジメに話していればいるほど鋭さを増すらしい。
『……な、なんなんだよ。俺ァ間違ったこと言ってねェだろうが……』
取り残された先輩は、なぜ非難されたのかわからず呆然と立ち尽くしたのち、ブツブツと悪態を吐いて拗ねていた。なるほど。キレてすらなかったわけか。
ヒョコ、と覗くと、不貞腐れながら大きな背中を丸めてちまちまドリンクの用意をしている先輩の姿が見える。
いつも俺に文句を言っては社会人のくせに躊躇なく殴りかかる、狂犬の姿だ。
初対面の瞬間から、この先輩は俺に取り繕うことも期待することもなにもなかった珍しい人で、比較的マトモに存在を認識していた。
『チッ、なんで会社の給湯室にゃココアがねぇんだよ……緑茶しか飲めねぇだろ……』
甘党なんだな、と更に笑った記憶。
他にもたくさん、先輩の愉快なエピソードは尽きない。そのたびに俺は先輩を笑い、そして〝やっぱこの人面白いわ〟とちょっかいをかけた。
「──好きに変わってたのは、いつからなのかねぇ……くくっ」
青に変わった信号と共に助手席のシートから手を離して、ハンドルを握る。
『ん、ン……終わり、嫌だ、足りねぇ……』
「……あー……たまんねぇな……」
ついさっきまでここで俺に抱きついて続きをねだっていた姿を反芻すると、今すぐハンドルを切り返して対向車線に乗り込みたい気分になった。
だって二回は短いでしょ。まだロウソクと目隠し付きの口枷使ってねーよ?
家にならバイブもディルドもリングもローターもあるのに、簡単に帰してあげる俺はたぶんステキな紳士だろう。
「ふっ……本当は飲み物に混ぜて飲ませる媚薬、持ってんの知ったらおもしろそうだなぁ……」
俺の出す飲み物を全部警戒して犬みたいにクンクン嗅ぎながら飲む先輩を想像し、喉奥で笑う。無味無臭なのになにやってんだか。
そうそう。
この間、ベランダでセックスしてやったら感度が上がって楽しいことになった。
俺が来てんのに八坂に誘われたから出かけるって言い出したので、お仕置き。
潮吹きする癖つくように調教し始めてからあの人先っぽ弱くなって、気絶したからさ。運ぶのが大変だった手間賃を更に貰う。
寝ている間に散々犯して動画を撮った。これ内緒。
先輩を思い出すと愉快で仕方ない。
無意識に笑みが浮かんで、それに連動して、興味のないクリスマスイブを思い出した。
「クリスマスイブとか……やっぱガキだな」
やたらソワソワウキウキとしていた理由は知らないけれど、先輩はイベントが好きなのだろう。
…………ま。そうね。
どうでもいいことを考えついて、俺は目的地の駐車場に車を止めた。
エンジンを切り、外に出ようとした時。
ふとスマホがピカピカと光っていることに気がつく。愉快な先輩の記憶が楽しくて、気がつかなかった。
画面には新着メッセージ。
そして──懐かしい名前。
「……先輩」
ちょっと、めんどくせぇコトの予感。
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