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なぁ、恥ずかしい話をしようぜ。
俺が昨日、素直に謝ることができた場合の話だ。
俺な、きっと三初は見直して、俺に呆れてもういいかって飽きていた心を戻してくれるんじゃって期待してたんだ。
だから心のどこかで許しを確信していた俺は、三初に〝そんなモノ求めてない〟と言われて、混乱と慢心していた羞恥の中で自分の立場を再確認した。
嘘なんか吐くなよ。
こっちを見ろよ。
拒絶するなよ。
まだ終わりに、しないでくれよ。
それは全て、気づかないうちに寄り添われてばかりでなにも返していないのなら、言ってはいけない。そんな資格はないということ。
二日前にイブを過ごそうと胸を高鳴らせていた頃の俺は、喧嘩をするつもりなんて、なかったのに。
些細なことで思い通りにいかない現実を実感し、目を閉じたまま呟く。
「お前は俺を、どうしたいんだよ……」
恋のために自分を変えようなんて、思うわけなかったはずなのだ。
こんなにかき乱されて。
体も心も変えられて。
お前の本心がわからないまま恋心が朽ちていくのは、あまりにも寂しいじゃないか。
ぼやりと意識が揺れた。
「──あんたこそ、俺をいったいどうしたいんですか」
「ッ」
沈みかけた意識が強烈に釣り上げられ、ガバッ! と反射的に起き上がる。
声が聞こえた方向に視線をやると、そこには感情の読み取れない軋んだ表情で俺を見る、三初の姿があった。
なんで、いるんだよ。
お前と二人きりになりたくないから、メッセージを無視して早くに家を出たのに。
始業にはずいぶん早い時間だというのにドアを開いて現れた三初は、呆然とする俺に構わずツカツカと近づいてくる。
そしてあっという間に目の前にやってきた。
「待ってろって言った。クソみたいに向かってくるあんたが逃げるとは思わなかったけど、車がなかったから、来てみたらさ…………なにしてんの?」
「! っな、なにっ……この、ッ」
強引にデスクチェアーの背もたれを回転させられ、ガン! と足の間の座面部分を乱暴に踏みつけられる。
バツが悪くてうまく文句を言えない隙を見逃さず、更にグイッ、とネクタイを思いっきり引かれた。「うぐッ」と呻く。
無理矢理三初を見上げさせられて、俺はいつかと違って手も足も自由なのに、逃げることができなかった。
「……はっ……」
三初の目が、本当に無機質だったからだ。
普段機嫌が悪くて大人しくなるときの様子とは、全然違う。感情を押さえ込んだ、冷たい表情。
そんな目で見るな。
どうでもいいような、そんな目で見るな。
情けない泣き言を言って縋りそうになった自分を振り払うために、じっと三初から目を逸らさずに、引きつった笑みを見せた。
「…………」
「は、早い、じゃねぇか」
「はぁ?」
「っ……そ、……連絡を無視したのは、悪かった。……仕事があったんだよ、昨日残した。だから、だから、だ」
しどろもどろと下手な言い訳をする。
俺の苦手なことだ。愛想笑いもうまく誤魔化すことも。
だけどそうしてこの場を乗り切らなければ、こうまで冷め切った三初に当たり散らしたり文句を言ったりした途端、きっとここで本当に終わってしまう。だから余裕ぶる。
けれど三初は、ギュウ……ッ、と眉間にシワを寄せて、デスクチェアーに乗せていた脚を下ろす。
そして思い切りネクタイを引き寄せ、鼻が擦れ合いそうなくらい顔を近づけた。
「この嘘つき」
「ッゲホッ、う、ッ」
喉が締まって呼吸がしづらい。
苦しさにむせて手を出そうとすると、空いているもう片手でそれをパシッと叩かれた。
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