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「修介センパイー……? あのあの、粉爆発しちゃってる系なんすけど、前見えてます?」 「おー……」 「いやおーじゃなくて、外側から混ぜるんすよ? 木べらに持ち替えたほうがいい感じっすよ?」 「おー……」 「いやいや粉飛び散ってますけどっ!?」  ガッションガッションと心ここにあらずのまま、俺はボウルの中身をかき混ぜる。  おかげで薄力粉が四分の一ほど飛び散るが、それをどうにかしようという思考にさくほど、俺のお粗末な脳細胞の数には余裕がない。 「うーん大惨事だけど、ほっぺに粉ついてるのはかわいい。じゃねぇや。センパイ! 彼女さんの愚痴ならあとで聞くっす! だからとりま現実帰ってきてください~!」 「ハッ!」  怒りが昇華できずシューンとしょげそうになっていたが、中都に頭をワシャワシャとなでられ、無事現実に帰還した。  あ、あぶねぇぇぇ……!  このままじゃまた合金メンタルな俺のハートがもちもちとした質感になるところだったぜ……! 「うおおおう……! ありがとよ、中都」 「うへへへ、お安い御用っす!」  飛び散った粉を片付けながらお礼を言うと、俺の頭をなでてデレデレしていた中都は機嫌良くサムズアップした。うん。今回は不問にしてやる。  気を取り直して、作業再開。  泡立て器を木べらに持ち替えた俺は、今度は飛び散らないように慎重に外側から混ぜていく。  モヤは混ぜちゃいけねぇ。菓子ってのは甘くて幸せな森羅万象に愛される素敵な食物だかンな。  マフィンに罪はない。あげる相手が罪深いだけで。  丁寧にかき混ぜ粉類と油分が粒になった頃、今度は牛乳を入れてひとまとまりになるよう木べらを動かす。 「そいでなに悩んでたんすか? ヤモー知恵袋にカキコしました?」 「それはそのうち、じゃねぇ。まぁ、別に恋人とは喧嘩してねぇよ。ただちょっと……チッ」 「でもお怒りランボーじゃないすか」  おいヤベェぞ。  グショッてなったじゃねぇかコラ。 「だってめちゃ気になるんすよ! こう見えてなんやかんやとオネダリ聞いてくれる世話焼きなセンパイにここまで悩ませるなんて、どんな女よっつう!」 「ど、どんなって、アイツは、その」  またしても飛び散ったペーストに慌てつつも何食わぬ顔を保つべく、三初の姿を思い浮かべた。  どんなやつって、アイツはもう三初 要という生き物だ。  猫かぶりをしなくていいと俺が言ったせいで暴君っぷりがとどまるところを知らない、俺様何様三初様。  けれどそれを伝えるわけにはいかないので、どうにか簡単に説明しようとする。  ──と。  次第に沸き立つのが、モヤ由来の怒り。 「……あンの秘密主義の二股野郎がぁッ!」 「え!? 野郎すか!?」 「言葉のアヤに決まってんだろッ!」 「練りわさびもすかぁ!?」 「手のアヤだゴラッ!」 「アヤって殺意じゃん!!」  ──そんな具合で波乱を呼ぶ怒りのクッキングファイト。  無意識に練りわさびのチューブを手にとった俺がまともなマフィンを完成させるまで、いったいどれくらいかかったのか。  とりあえず三回は焼きなおしたということを、ここに記しておこう。

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