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「悔しいに決まってンだろ。ドアホ」
「はい」
「でも俺の悔しさとか最後までやりたい気分とかより、内外共にスムーズに一週間乗り切って後の結果に繋げるほうが、プライオリティが高いって言う俺の判断」
「はい……」
「これ、試験的な企画。これの成果の如何によって、夏味トポスのデザートが八月の大型サマーフェスでうちの主力メニューになれるかどうかっつー、実質コンペだろうが」
「はぁいぃ……」
理解のある大人の顔をして必要性を語れば、竹本の肩はドンドン丸くなり、ぐうの音も出ない様子だ。
本当は全部、自分に言い聞かせていた。
うちのヨーグルトブランドを売り込む担当は、タピオカとヨーグルトとリンゴシャーベットのドリンクを作っている。
冷凍マシュマロを生かしたアイスクレープを作っているのは、カタチ様々で遊び心のあるマシュマロブランドの担当だ。
より良いもののために、社内でも戦う。
だからこそ、より良い結果を求めるなら、俺は自分の都合であと二日を頑張ってはいけない。
「わかったら、明日っからもキビキビ働け」
「はいー。うぅ……まぁ、ありがとな。結果は会社で」
「おー。こっちも勉強させてもらったしな」
納得したらしい竹本と挨拶を交わし、キャリーケースを引いて、俺は部屋を出た。
それから立体駐車場まで、歩く。
俺の車を使い二人でここにきたので、車に乗って帰るのだ。
竹本は助っ人の車で帰れば問題ない。
それほど遅い時間ではない夜の九時。
それでも帰る頃には、夜中になっているだろう。
キャリーバッグを助手席の足元に置いて運転席に座り、バタン、とドアを閉じる。
フロントガラス越しに主の留守を待つ車の列を眺めながら、ハンドルに両腕をつき、額を預けた。
「……はー……」
すぐにエンジンはつけない。そんな気分じゃない。
ハンドルを握る左腕に光る、腕時計。
三初に貰ったそれに縋りたくなったから、視線を下に向けた。
俺は確かに、切り替えの早いタイプではある。
過ぎた失態は反省し、次に生かす。進行形でない限り引きずらない。
その代わり、その瞬間は、ドン底まで落ちるのだ。
つまりどういうことかと言うと──……今が、その時だった。
ゴン、ゴン、と僅かな挙動で、強かにハンドルで額を打つ。
言い訳や反論はいくらでも出てくるが、それを吐くことを許せそうにない。
竹本の前では素知らぬ顔をしていても、一人になると遺憾に満ちた渋面になる。
顔が怖いのも表情筋が硬いのも昔からだ。
いちいち俺の行動や言動を勘違いしやがって。
だけど中身が器用ならよかったものの、中身も見た目通りの不器用で粗野なものだから、説得力がない。
俺はそれがわかっていたからコミュニケーション能力が大きく必要になる仕事を選ばなかったのに、こんなレアケース、ふざけている。
ふざけているが、レアケースだからこそ、たまにその必要ができた時ぐらいは、どうにか熟す程度の能力が必要だった。
誰にでも、どの社会でも、子どもにだって、そういうことがある。
例えば、竹本は誰とでもなんとなくでうまくやれる男だ。
しかし俺ほどはっきりと物を言えない。
そういう向き不向きは誰にでもあって、不向きな俺は悪くないし、相手も悪くない。
ただ、やらなければならない時にできなかった自分が情けなく、悔しい。
それだけだ。
「ん……」
そうしてハンドルに額を預けたまま静止していると、不意にポケットの中のスマホが、軽快な音楽で着信を知らせた。
のろのろとした動きでスマホを取り出し、画面を見る。
表示された名前は──〝三初 要〟。
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