368 / 415

26

「悔しいに決まってンだろ。ドアホ」 「はい」 「でも俺の悔しさとか最後までやりたい気分とかより、内外共にスムーズに一週間乗り切って後の結果に繋げるほうが、プライオリティが高いって言う俺の判断」 「はい……」 「これ、試験的な企画。これの成果の如何によって、夏味トポスのデザートが八月の大型サマーフェスでうちの主力メニューになれるかどうかっつー、実質コンペだろうが」 「はぁいぃ……」  理解のある大人の顔をして必要性を語れば、竹本の肩はドンドン丸くなり、ぐうの音も出ない様子だ。  本当は全部、自分に言い聞かせていた。  うちのヨーグルトブランドを売り込む担当は、タピオカとヨーグルトとリンゴシャーベットのドリンクを作っている。  冷凍マシュマロを生かしたアイスクレープを作っているのは、カタチ様々で遊び心のあるマシュマロブランドの担当だ。  より良いもののために、社内でも戦う。  だからこそ、より良い結果を求めるなら、俺は自分の都合であと二日を頑張ってはいけない。 「わかったら、明日っからもキビキビ働け」 「はいー。うぅ……まぁ、ありがとな。結果は会社で」 「おー。こっちも勉強させてもらったしな」  納得したらしい竹本と挨拶を交わし、キャリーケースを引いて、俺は部屋を出た。  それから立体駐車場まで、歩く。  俺の車を使い二人でここにきたので、車に乗って帰るのだ。  竹本は助っ人の車で帰れば問題ない。  それほど遅い時間ではない夜の九時。  それでも帰る頃には、夜中になっているだろう。  キャリーバッグを助手席の足元に置いて運転席に座り、バタン、とドアを閉じる。  フロントガラス越しに主の留守を待つ車の列を眺めながら、ハンドルに両腕をつき、額を預けた。 「……はー……」  すぐにエンジンはつけない。そんな気分じゃない。  ハンドルを握る左腕に光る、腕時計。  三初に貰ったそれに縋りたくなったから、視線を下に向けた。  俺は確かに、切り替えの早いタイプではある。  過ぎた失態は反省し、次に生かす。進行形でない限り引きずらない。  その代わり、その瞬間は、ドン底まで落ちるのだ。  つまりどういうことかと言うと──……今が、その時だった。  ゴン、ゴン、と僅かな挙動で、強かにハンドルで額を打つ。  言い訳や反論はいくらでも出てくるが、それを吐くことを許せそうにない。  竹本の前では素知らぬ顔をしていても、一人になると遺憾に満ちた渋面になる。  顔が怖いのも表情筋が硬いのも昔からだ。  いちいち俺の行動や言動を勘違いしやがって。  だけど中身が器用ならよかったものの、中身も見た目通りの不器用で粗野なものだから、説得力がない。  俺はそれがわかっていたからコミュニケーション能力が大きく必要になる仕事を選ばなかったのに、こんなレアケース、ふざけている。  ふざけているが、レアケースだからこそ、たまにその必要ができた時ぐらいは、どうにか熟す程度の能力が必要だった。  誰にでも、どの社会でも、子どもにだって、そういうことがある。  例えば、竹本は誰とでもなんとなくでうまくやれる男だ。  しかし俺ほどはっきりと物を言えない。  そういう向き不向きは誰にでもあって、不向きな俺は悪くないし、相手も悪くない。  ただ、やらなければならない時にできなかった自分が情けなく、悔しい。  それだけだ。 「ん……」  そうしてハンドルに額を預けたまま静止していると、不意にポケットの中のスマホが、軽快な音楽で着信を知らせた。  のろのろとした動きでスマホを取り出し、画面を見る。  表示された名前は──〝三初 要〟。

ともだちにシェアしよう!