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 休日出勤を終えた日曜日の夜。  九時前に帰宅した俺は、出来合いの弁当で夕飯を済ませ、風呂に入って待機していた。  出張明けの今日は帰りが遅くなるだろうが、それでも三初は帰ってくるだろう。  だから、あの山のような雑務に蹴りをつけたイイ報告のために、俺は疲労困憊のまま待機していたのだ。  あくまで報告のためである。  俺だって土日がうまくいったか聞きたいので、つまりそういうこと。  他意はない。なにもない。全然ない。  リビングのソファーに座ってテレビを見つつ、誰にとも言えない言い訳をした。  ──……までは、覚えている。  そこから先は記憶になく、気がついたら暗転。正しくは、寝落ち。 「ん……、……ん、ん?」  結局、目を覚ますと室内は太陽光をたっぷり取り入れて、明るくなっていた。  んん、と瞬きをする。  後頭部に固いものが当たった。  カーペット越しの床だ。俺はソファーから落ちて床で寝たのか。  気温が上がり始めてからベッドで使っているガーゼケットが、体にかけてある。  見覚えのあるネイビーのものだ。  そうそう。いつも朝起きた時にも、これを被って──。 (……朝? 今日は、月曜日……)  理解した瞬間、ガバッ! と起き上がる。 「ち、遅刻ッ!?」 「しませんよ」  しかし、悲鳴のような声を上げて起き上がった俺に、待ち人の呆れた否定が入った。  首を声のほうへ向けると、キッチンからエプロン姿の三初がのんびりと歩いて近づいてくる。 「は? え? 時間、」 「十時過ぎてますが、今日は前もって休み取っといたんでね。おはようございます」 「おう、おはよう。ってかテメェなに勝手に俺まで申請してんだッ! この時期に休み取るか普通!」 「まーまー。目覚ましと今度はアラームもちゃんと切っておいたんで、よく眠れたでしょ?」 「肝が冷えたわッ!」  ソファーの背もたれに身を乗り出して見下す三初に、俺は頭をガシガシとかきながら唸った。  ケッ。一週間ぶりに会ったってのに、なんの感動もありゃしねぇ。  いやいらねぇけど、こういうのは気分的に、だ。  有休を自主的に使うことが滅多にないので構わないのだが、無駄に焦ってしまった俺の心をもう少し慮ってほしいものである。  しっかりと眠ったおかげで、頭はすっかり冴えていた。  疲労もそれなりに回復している。  文句もあったが起き上がってガーゼケットを綺麗にたたみ、ソファーに置いて、俺は顔を洗うために洗面所へ向かった。  身支度を整えてリビングに戻ると、エプロンを外した三初が朝食の並んだテーブルに着いてた。  今朝のメニューは目玉焼きにウインナー、キャベツとトマトのサラダ。  ご飯とみそ汁に、キュウリとナスの浅漬けだ。  帰りが遅かったはずなのにマメな男である。  申し訳ない気がして三初をうかがっても、全く苦にしていなさそうな顔だった。  最強かこいつ。眠気も感じねぇ。普通にカフェイン摂取してやがる。  自分の交際相手で後輩だが、規格外の男だ。  三初のスペックは無視することにして、俺好みの献立にひそかに胸を躍らせながら向かいの席に着く。 (あー……二ヶ月の呪い、やべぇよな)  いただきますと手を合わせてから、こうして話しながら食事ができる久しぶりの朝の日常に、俺は内心で少し浮かれた。  息吐く間もない新生チームによる混乱や仕事のピークなら、受け持ちの仕事をどうにか終わらせた昨日が最後だろう。  けれど今、〝やっとゴタゴタが落ち着いたか〟という実感が湧いてきたのだ。

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