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そういえば出張中に美環が欲しいものを聞いてきたことも、思えば誕生日プレゼントの内容を聞いたということか。
(はー、美環にできることがなんでコイツはできねぇんだ? 筋金入りすぎるわ。まぁ別に欲しいもんはねぇし、コイツからのプレゼントとかクリスマス以来だからなんでもう、……うん)
ダメだ。重症だ。
同居で毎日一緒だったのに急に一週間も離された落差でバグった脳が、反動で思考回路を甘党仕様にしている。
俺を狂わせる強敵、胸キュンを滅ぼせ。
鋼の心臓をイメージするのだ。
「あぁ~……ぅよしッ、どっからでもかかってこいッ」
「どっからでもってか、どっか行かないでくれませんかね」
めでたく三十になった男がそれだと気持ち悪いので、俺は少し唸ってどうにか気持ちを切り替えて意気込む。
俺がトリップしているのを黙って見ていた三初はバッサリ切ったが、むしろ好都合だ。
コイツはたまにこうして俺を不意打ちで殺すからな。
多少腹立たしいくらいが平和だぜ。
不遜な物言いに反応せずに、俺は貰ったプレゼントの開封式を始めることにした。
ガサガサと包装紙を引きはがして中の箱をパカ、と開く。
箱の中には白い緩衝材の上に、小さな黒い瓶が乗って入っていた。
書いてある文字が英語なので一見しただけですぐに正体がわからず、首を傾げる。
「んだ、これ? アロマオイルとかか?」
「とある伝手を使って手に入れましてね。安全で副作用もないのに引くほど効くらしい飲む媚薬です」
「誕生日プレゼントを粉々に砕きたくなったのは初めてだわッ!」
「ふっ、あははっ」
ギュッと握り締めた瓶が音を立てて砕けそうなくらいに拳に力を込め、俺は笑いながら手元を覗き込む三初を睨みつけた。
(なんで付き合って最初の誕生日に貰うプレゼントが媚薬なんだよッ! 悲惨すぎンだろドSセンスかッ!)
しかし俺の心の叫びなんて、届いた試しがないのだ。
貰っておいて文句を言うのも無礼な気がするので拳を振るうのは我慢したが、相当床に叩きつけたい気分である。
くっくっくと未だに喉を震わせて愉快気な笑顔のままの三初に対して、俺の顔は当然心底不貞腐れたものだった。
「はーウケる。連勤明けにキレッキレですね」
「誰がキレッキレにさせたんだよ悪辣星人」
「俺ですけど」
散々笑った三初は俺の唸り声を無視して、媚薬の入っていた箱とトンと指先で叩く。
「キレッキレの御割犬先輩? 緩衝材、取ってみ」
「オイコラ。その名称に関してはもう腐るほど抗議してきただろうが。いい加減聞き入れろクソ野郎。俺は犬じゃねぇ」
「修介、早くしてください」
「……ちょっとずつ頻度上げて慣れさせようとすんな……!」
「職場で呼んだらめんどくさいからたまに、ね」
ニンマリと口元を緩ませる三初が、名前を呼ぶたびに一瞬固まる俺を面白がっていることはよくわかった。
器用な三初と違い俺は普段から名前を呼べば会社でも呼びそうなので不意打ちにとどめているのに、こずるいやつめ。
言われたとおりにするのは癪だが、渋々媚薬をテーブルに置いて、白いフワフワの緩衝材を箱から取り出す。
──と。
「は?」
二重構造になっていたらしい箱の奥に、室内灯の光を反射して鈍く光る鍵が入っていた。
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