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クックック、と喉を鳴らす三初は手を伸ばし、俺の頬をムニュ、と摘んだ。
「はにゃふぇ」
「ま、一回目くらいは、それらしいもんあげようと思いましてね」
「みひゃじみぇ」
「クルージングディナーやらブランド物やらの高価なものも、ペアリングやらスウィートルームの一夜やらのロマンチックな痒いやつも、アンタは要らないですしね。だから合鍵」
「あにひゅんらっへ」
「無駄吠え。強情なのにほっぺは柔らかいな、って感じで堪能中なんで、黙ってて」
「んむ」
人の話を聞かない上に文句を言っても一蹴され、眉間に皺を寄せたまま睥睨するに留めた。
なんの脈絡もない行動に文句を言うことが無意味だということは、よくわかっている。
よくわかっているし、一週間ぶりの三初にじっと見られていると、言えなくなった。
「先輩は……俺がいない時でも、家も、部屋も、好き勝手に踏み込んできていいですよ」
機嫌よく細めている目に、優しさ的な甘みが混じっている気がしたからだ。
素直に優しいセリフを言えない持病持ちの三初には、優しさなんて霞程度しか残っていないと思っていた。
だから、本人じゃないからこそ、燃え尽きそうなくらいわかりやすいそれをヒシヒシと感じる。
無自覚で無意識だろうが、このひねくれ天邪鬼野郎は、相当俺不足だったらしい。
その結果の行動は、相変わらずいじめっ子そのものだが。
つむじをつついたり、顔を近づけたり、顎を取ったり、そして人の頬を押しつぶしたり、よく考えるとちょっかいの頻度が爆上がりしている。
不足分の補い方に難アリだ。
三初の頬も引っ張ってやろうと手を伸ばすと、避けられた。
相変わらずされるのは嫌がるアンフェアな性質にイラつき、自分の頬を摘まむ手を掴んで、力強く引きはがす。
「言われなくとも踏み荒らしてやる。先に土足で踏み込んできたのは、お前だかんな」
「だって、ね? 立ち入り禁止の場所って、不法侵入したくなるじゃないですか」
「まともな思考回路をどこに落としてきやがった性悪大魔王」
手を掴まれても振り払うでもなく、三初はニンマリと考えの読めない笑みを浮かべるだけだ。
けれどその目がやはり、俺にはこそばゆいような、面映いような、そういう温度を持っているように見える。
「……ンじゃ、どこでも勝手に入って踏み荒らしてろってんだ。不法侵入されるより、マシだわ」
「あらら……先輩こそ、素直にデレるスイッチをどこに落としてきたんですかねぇ……」
「うっせェ」
「あ、口貸して」
「んむぅっ」
そっぽを向こうとした俺の顎が掴まれ、返事をする前に唇を塞がれた。
元々ところ構わずキスをする男だが、やはりおかしい。
(と、十日ぽっちで、ンなに不足してたのかよ……ッ!)
舌をねぶられ吸い尽くされる、気まぐれ暴君のスキンシップ補給。
甘やかしでもなければ、甘えでもない。
言葉と行動は相変わらずで、ただただ三初の空気が甘いだけの謎の糖分摂取。
ダメだ。胸焼けだ。甘さを含んだ場合の愛情表現ですら、ひねくれ過ぎている。せめて言葉でデレろ。行動でもデレろ。
目だけで伝える空気感のみが甘ったるいなんて、どんな特殊能力だ。
それに連動してキスから解放された後の俺の顔色は、夏のトマトが青いような火照り具合だった。
「〜〜っ返事ぐらい聞けやッ」
バシッ、と少々乱暴に掴んでいた手を離す。
照れくさいじゃれ合いは、もう終わりだ。こんなことを続けると、俺の身が持たない。
「や。返事がどうでも、どうせしますし」
俺の唇をさんざん弄んだ三初のはちみつ色の双眸は、すっかりいつも通りの色に戻っていた。
満足したらしい。
……それはそれで、なんかムカつくッ!
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