384 / 415

42

 クックック、と喉を鳴らす三初は手を伸ばし、俺の頬をムニュ、と摘んだ。 「はにゃふぇ」 「ま、一回目くらいは、それらしいもんあげようと思いましてね」 「みひゃじみぇ」 「クルージングディナーやらブランド物やらの高価なものも、ペアリングやらスウィートルームの一夜やらのロマンチックな痒いやつも、アンタは要らないですしね。だから合鍵」 「あにひゅんらっへ」 「無駄吠え。強情なのにほっぺは柔らかいな、って感じで堪能中なんで、黙ってて」 「んむ」  人の話を聞かない上に文句を言っても一蹴され、眉間に皺を寄せたまま睥睨するに留めた。  なんの脈絡もない行動に文句を言うことが無意味だということは、よくわかっている。  よくわかっているし、一週間ぶりの三初にじっと見られていると、言えなくなった。 「先輩は……俺がいない時でも、家も、部屋も、好き勝手に踏み込んできていいですよ」  機嫌よく細めている目に、優しさ的な甘みが混じっている気がしたからだ。  素直に優しいセリフを言えない持病持ちの三初には、優しさなんて霞程度しか残っていないと思っていた。  だから、本人じゃないからこそ、燃え尽きそうなくらいわかりやすいそれをヒシヒシと感じる。  無自覚で無意識だろうが、このひねくれ天邪鬼野郎は、相当俺不足だったらしい。  その結果の行動は、相変わらずいじめっ子そのものだが。  つむじをつついたり、顔を近づけたり、顎を取ったり、そして人の頬を押しつぶしたり、よく考えるとちょっかいの頻度が爆上がりしている。  不足分の補い方に難アリだ。  三初の頬も引っ張ってやろうと手を伸ばすと、避けられた。  相変わらずされるのは嫌がるアンフェアな性質にイラつき、自分の頬を摘まむ手を掴んで、力強く引きはがす。 「言われなくとも踏み荒らしてやる。先に土足で踏み込んできたのは、お前だかんな」 「だって、ね? 立ち入り禁止の場所って、不法侵入したくなるじゃないですか」 「まともな思考回路をどこに落としてきやがった性悪大魔王」  手を掴まれても振り払うでもなく、三初はニンマリと考えの読めない笑みを浮かべるだけだ。  けれどその目がやはり、俺にはこそばゆいような、面映いような、そういう温度を持っているように見える。 「……ンじゃ、どこでも勝手に入って踏み荒らしてろってんだ。不法侵入されるより、マシだわ」 「あらら……先輩こそ、素直にデレるスイッチをどこに落としてきたんですかねぇ……」 「うっせェ」 「あ、口貸して」 「んむぅっ」  そっぽを向こうとした俺の顎が掴まれ、返事をする前に唇を塞がれた。  元々ところ構わずキスをする男だが、やはりおかしい。 (と、十日ぽっちで、ンなに不足してたのかよ……ッ!)  舌をねぶられ吸い尽くされる、気まぐれ暴君のスキンシップ補給。  甘やかしでもなければ、甘えでもない。  言葉と行動は相変わらずで、ただただ三初の空気が甘いだけの謎の糖分摂取。  ダメだ。胸焼けだ。甘さを含んだ場合の愛情表現ですら、ひねくれ過ぎている。せめて言葉でデレろ。行動でもデレろ。  目だけで伝える空気感のみが甘ったるいなんて、どんな特殊能力だ。  それに連動してキスから解放された後の俺の顔色は、夏のトマトが青いような火照り具合だった。 「〜〜っ返事ぐらい聞けやッ」  バシッ、と少々乱暴に掴んでいた手を離す。  照れくさいじゃれ合いは、もう終わりだ。こんなことを続けると、俺の身が持たない。 「や。返事がどうでも、どうせしますし」  俺の唇をさんざん弄んだ三初のはちみつ色の双眸は、すっかりいつも通りの色に戻っていた。  満足したらしい。  ……それはそれで、なんかムカつくッ!

ともだちにシェアしよう!