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1ー1
笑顔が素敵な母様が僕を見て。
それが、何だか、無性に悲しかった。
「知らないんだ。母様は…母様は…僕を嫌いになったのかな?」
嫌いになったから、捨てたのかな?
「はぁぁ…。私とした事が。子供に声を掛けるなんて、どうかしていますね」
「…」
「名を言いなさい」
「ー…ハヅキ」
男は、僕の名前を聞いてきた。
「フルネームで、お願いします…」
目の前に現れた古い本は勝手に開いていく。
お目に掛かるのは初めてだけど、間違いでなければ、僕の瞳に映る本は“黒の本”だったりするのだろうか。
嘘を付いたら、過去に犯した前科が暴かれるっていう話を聞かされた。
「ハヅキ・ペリドット・マルソ…」
「マルソ?まさか…」
「母様の名前は、ウリエル。ウリエル・ラリー・マルソ」
「ー…来なさい」
急に手を握られた。僕は思わず、目を大きく開く。
「君を…ある者に預けます」
それが、初めて出逢ったアルゼス様だった。
齢(よわい)、四歳の子供が彼の正体を知ったのは、魔界に来て六年経った時だった。
闇の世界で生きると、誓った、あの日でもある。だが、これは序章にしか過ぎないと知るのは、十二年後の歳月が経ってからだった。
僕が魔界へ堕とされる前から、歯車が狂い始めていた真実を知らされる日が徐々に近付いて来ているとは、当時は思いもしなかった。
全ては、母様と父様の出逢いから廻り始めた。
魔族と大天使の…。
淡く、儚い恋愛から、惨劇の鐘の音(ね)が鳴り始める。
ゴーン、ゴーンと、悲しい幕開けを待っていたかの様に。
鳴り響いていたのを誰も知る由はなかった。
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