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翼を捥ぐ※

 高一、あの時は校舎が無駄に広く見え、自分が世界でたった一人だと思っていた。顔が良い、頭がいい、優しい、俺。その全てが鬱陶しくて、煩わしくて溜まらなかった。  家に帰れば、「成績が下がった」「この大学を受けろ」「就職先は…」という話ばかり。束縛気味の面倒くさい親も、高校に上がったら部活に入っていいと言っていたのに。  塾に差し支えのない、スポーツを楽しもうというスタンスの部活に入った。「同好会」というらしいが、俺は気にしなかった。部活じゃなくても、やっと手に入れた自由だと思ったから。同好会というくらいだから、人も多い訳ではなく毎日いる先輩もいれば、月一でしか顔を出さない先輩もいた。    結局、夏休みを目前にして辞めることになった。理由は学期末テストの学年順位が一位じゃなかったから。親はヒステリーを起こし、「同好会なんてやめろ!」と喚き散したのである。俺の前に並んだ、『八束 春一(ヤツカ ハルイチ)』。とても真面目で、がり勉なのだろうな、と思った。 *** 「碓氷、辞めんの?」 「せんぱい」  声を掛けてくれたのは、スポーツ同好会の先輩で面倒見の良い三年の先輩だ。さっき顧問に退会届を持ってったばかりだというのに、耳が早い。俺は隠すことなく、素直に頷いた。 「お前楽しそうだったじゃん、なのに辞めんのかよ」 「…学年順位、悪くて」 自然と目線が下に行く。情けなくてしょうがない。本当はやっと掴んだチャンスだったのに、それを台無しにしたのは自分だ。やれることは精一杯やったはずだった。けど、 「お前、学年二位だったのに?」 「…うちは、親が厳しいので」  もう少しで、夏だ。少し熱い。先輩が俺を見つめている。 「お前は?お前はもう、やりたくねぇの?」 はい、もうやりたくないです。そう答えるのが正解だというのに、俺の口からは、何も出てこなかった。  大きな掌で俺の頭を包んだ、先輩は俺の顔を覗き込む。その優し気な瞳に、俺は太陽を見た。全部焼き尽くすような、熱。 「美零(ミレイ)、俺と一緒にいたくねぇの?」 俺は、いつだってからっぽでいつだって与えられていた。 *** 「あ”ッ…は、せんぱ…も、…」 「みれいっ…も、射精(だ)すぞっ…」 激しい突き上げに、骨盤が悲鳴を上げている。痛みと共に与えられる快楽に、溺れてどこまでも落ちていきそうだ。 「ぐ、ぁ”……ッ…」  綺麗な細い首をが、両手で締め付けられる。絶頂と窒息の狭間でめちゃくちゃに揉まれた意識が、限界を訴える。ぐりん、と白目を向いてゴムで縛り付けられた碓氷の屹立は、射精することなく、絶頂から降りてくることなく震えている。  胎内を犯す精液を、遠のく意識で感じながら碓氷はずぶずぶと、深みに嵌っていく。  同好会を続けることは出来なかった。それでも、先輩という存在が大きく、自分の空っぽな心を埋めて、やっとの思いで息をする。  幸せだ。やっと、息ができる。 「お前は、俺のメスだろ?なあ…?」 激しい情交を繰り返せば繰り返す程、先輩の目に余裕は無くなっていく。日に日に悪化していく責め方に、どんどん碓氷の身体は傷つけられ、痛めつけられていった。  人の感情に鋭敏な碓氷は、どんどん離れていく恋人に焦りを隠すことが出来なかった。    そんなある時、見つけたのだ。『ヤツカ ハルイチ』という男を。  体育館のコートで、大きく跳躍する男を見た。 どうやら練習試合のようで敵チームがこう叫んでいる。 「ヤツカをマークをしろ!」と。後から、話を聞けば、一年でレギュラー入りを果たした八束という男がいるらしい。廊下に張り出せれた、名前の羅列を思い出す。  なにも思わなかったはずの、あの文字の羅列も今ではこんなにも憎らしくて…  輝いている。キラキラと輝いて、まるで背中に大きな翼でも生えているかのような跳躍。背中をぐっと反らしてボールを相手コートに叩きつけるその姿が脳裏から離れない。  いつの間にか廊下で彼を見つけるたびに目で追っていた。その回数が増えていく度に、先輩との逢瀬の回数は減っていった。会えば、酷くされた。別にそれが嫌だと思ったことはない。これは断言しよう。 それでも、会う気にならなかったと言えば、そうだ、と答えよう。なあ、好きってなんだ?付き合うってなんだ?俺にはもうわからない、こんなのもうわからなくていいんじゃないか。  俺は理解することを辞めて、目を閉じた。

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