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第1話

カメラの中のキミ 視力があまり良くないのもあるがいつも講義は前方の席に座るようにしている。一番の理由はあまり話しかけられないようにするためだ。 昼前に今日の講義は終わり、遊びやランチのお誘いの声をかけられないように帽子を目深に被り素早く立ちあがり出口に早足で向かう。だが、いつも捕まり声をかけられてしまうが、仕事あるからまた誘ってと言うと、たまに約束を取り付けるまでしつこい奴もいるが、大体折れてくれる。 水瀬大空(みなせそら)は、大学に通いながら、父親の友人が社長をしている芸能事務所に所属している。百七十八の背丈、細身の身体、長い手足に小さな顔、純白の艶肌、漆黒の髪、薄い唇。そしてなにより目を引くのが少し吊眼の妖艶で切れ長の瞳が美しく、有名な出版社やブランドからモデルの仕事の依頼がくるくらいの、中性的なアジアンビューティー風で美麗な外見を今は売りにしている。事務所は小さい会社だが社長の目利きがいいのか結構粒揃いだ。高校の時からバイトで入っていたのだが、今は、所属タレントとして契約をし、モデルの仕事を主にしている。行く行くは舞台の裏方の仕事に関わりたいと思っていたのだが、なぜか半年後に俳優として漫画が原作の舞台に立つことが決まってしまい、今、猛勉強中の身だ。 小六の時、お互いの家族が新築マンションに越してきて、すぐに打ち解け親友になり、兄弟みたいに育ち一緒に過ごしてきた谷原樹(たにはらいつき)から三日前、ラインで、「大空不足、吸いたい」と連絡があり、「三日待て」と今日の日付を指定した。 ふたりは高校まで両片思いで過ごし、一年前、樹が堪えきれず大爆発してしまい、大空も同じ思いでいることを告白し、晴れて恋人になった。 樹とは同じ大学だったが、学部が違うのと大空の仕事の関係で会える時間が限られていた。実家は同じマンション内だし短い時間であれば会おうと思えば会えるのだが会ってしまえば離れ難くなるからという理由でもう一週間程会えていない。 色々あったが、家族にも告白し、大学を卒業したら、同棲することが決まっているふたりはそれを目標に貯蓄を頑張っていて、樹も最近、大空は最初は猛反対したが、結局は目の届くところに樹を置いておけるのだから我慢と譲歩し、大空が所属している事務所の雑用係としてバイトに入っている。 通っている大学近くの、学生が沢山出入りするファーストフード店は避け、ひとつ通りを挟んだ裏通りの先にある落ち着いた雰囲気のゆっくり珈琲が飲める喫茶店で樹と待ち合わせた。 ドアを開けると、いらっしゃいませと落ち着いた上品な声に、大空はにっこりと笑顔を向けた。小さめ黒板に書かれた本日のオススメメニューをちらりと見て、和風ハンバーグ+パイン入りチーズケーキと珈琲を、もうすっかり顔見知りになっている店員に注文すると、窓際の一番奥の席へ向かった。 「大空ー」 座っていても背が高いことがわかってしまう、長い腕をブンブンと大空に向かって振っている。栗色のふわふわの柔らかそうな髪、印象的な大きな垂れ目は瞳の色が母親と同じ濃い碧でいつも吸い込まれそうになる。齧り付きたくて堪らなくなる大きめの柔らかそうな唇、しなやかな筋肉が満遍なく付いたがっしりとした身体。大空にはプラス耳と尻尾が生えているのがはっきり見えている。目の前の自分専用のかわいい大型犬に思わず顔がニヤけてしまうのを慌て正した。 「樹、ごめん。遅くなった」 「遅れたお詫びに、隣座ってよ」 「いや、無理。お前、触ってくるだろ」 「だって、大空吸いたい。オレ、一週間も我慢したよ?エライ?」 自分だってすごく会いたかった。気持ちを隠してしまう自分の分まで、隠し事を一切せず気持ちをストレートに表現してくる樹にいつも助けられている。 手を伸ばしエライエライと柔らかな髪を撫でてやると、大空には天使にしか見えない笑顔爆弾を樹が発射してきて、大空はあまりの可愛いさによろめいたが悟られないように咳払いをして椅子に座った。 「大空大丈夫?顔赤いよ?」 「…俺、今お前に殺されかけた……」 「え?」 「……なんでもない」 丁度、お待たせしましたと、和風ハンバーグとカツカレーがワゴンで運ばれてきた。シェアしながら食べ終わると、デザートに、大空のパイン入りチーズケーキと珈琲、樹のカスタードアイス付きアップルパイとバナナジュースがテーブルに並んだ。 アイスを人匙掬って口に入れ、頬に手を当てて、うまあまーいと幸せそうな顔をしていた樹が、あ、そうだと何か思い出したように鞄をごそごそと探って一冊の本をとりだした。 「大空見て!やっっっと手に入れた!」 大空は、ぱっと目の前に出されたブツに一瞬血の気がひいた。 「なっ……ばっ……バカ!んなモノ、持ってくんな!返せよっ」 咄嗟に手がでてそのブツを取り上げようとしたが、樹は大事な宝物を扱うように胸に抱きしめる。 「返せって、オレが買ったんだよ?オレのモノだし!」 「はぁあぁぁ!?おまえ、バカか?そんなモノ、金出して買うとか信じらんねー」 見たくもない自分が表紙に載ったヤツで恐ろしいことに中にも自分がぎっしり詰まっているモノだ。 大空も社長から貰ったが、恐る恐る一枚ぺらっと捲ってパタンと静かに表紙を閉じて、今は引き出しの奥の奥に静かに眠っている。 世の中には物好きな輩がたくさんのいるらしく、完全限定生産販売で一万円という高値で売り出されたにもかかわらず、限定数の予約は秒で埋まり売り切れ今は手に入らないらしい。大空は樹に見られずにすんだこと、それだけは感謝した。 樹は当然、大空から貰えると思っていたらしく、手に入らないことを告げると酷くショックを受けた様子で、暫くその場で動けずに立ち竦んでいた。 完全限定生産販売で再販される心配もないし、一年前のことだし、樹も忘れてるだろうと思っていた。それなのになんで樹が手に入れられたかそれがわからない。 「だってお前くれねーしさ。なんで?なにがそんなにイヤなの?」 自分は持ってるくせに見せてもくれねーしと、ぷぅっと頬を膨らませ拗ねてる顔がたまらなく可愛い。デカい子犬みたいだ。わしゃわしゃと撫でくり回して抱き締めて吸いたい。 堪らなく可愛いが、この件については引き下がれない。どうやって手にいれたのか聞き出さなくてはならない。そして、どうにかして取り上げたい。 考え事をしている間に樹は、写真集を開き、全くけしからんな、この身体はけしからんと、齧りついて見ている。ニヤついている顔さえいとおしく見えるのだから、自分は相当樹にハマっている。今、本人には触れることは許されないんだから写真集ぐらいはいいだろうとアップの写真の首筋に口付けたりしだして、慌ててそれに手を伸ばし閉じさせ、今後ここで広げたら燃やすぞと脅した。 高校を卒業してすぐの頃、大空はあることを条件にずっと断り続けてきた仕事を受けることにした。 この目の前にいる男、樹を事務所に一度連れて行った時、社長の眼鏡の下の眼がギラリと光ったのが大空にはわかった。案の定、樹にうちで仕事しないか聞いてくれと顔を合わせる度、齧り付く勢いで何度もお願いされた。 樹が他の知らないヤツの目に曝されるとか我慢できるか自信がなかった。たぶん、耐えられないだろう。ほんとは何処かに閉じ込めて監禁したいくらいなのだ。まだ好きとかの自覚がなかったときから、そんなことを思っていたのだから自分は相当鈍感なのだろう。 樹を芸能関係の仕事に誘わないを条件として、少し際どい写真集を出すことを承諾したのだ。まだ未成年だしそんなすごい写真集じゃないだろうと呑気に構えていたが、あの社長を甘く見すぎていた。なんか色々、色々際どいことをさせられた。今考えると本当に恐ろしい。本当は購入したヤツから回収して回りたいくらいだ。 「……ねぇ、大空。聞いていい?真ん中あたりからの写真……」 どくんと心臓が鳴る。たぶん一番聞かれたくないことを樹は質問してくるだろう。樹は目を伏せ、いつものキラキラの笑顔は封印し、だが口角は上がっていてすこし怖く感じた。写真集に手を添え指先で表紙の大空の首筋をゆっくり撫でる。 「あれはやべぇよ。誰を思ってあんな顔したの?」 撮影の時はまだ樹とは恋人同士ではなく友達だった。あの時、このカメラの中に今、一番思ってる子がいると思ってやってみてとカメラマンが言った。目の前に、樹が現れた。カメラマンが言うとおりのことを大空にしていく樹がたしかにそこにいた。 すこし薄暗い照明の中、微笑みあったり、見詰めあって、抱きしめられたり、ベッドでふたりでゴロゴロしたり、キスしたり……はっと我にかえると撮影は終わっていて大空は放心状態でその場に寝転んでしまった。 カメラマンに、こっちまでドキドキしたよ、大空にあんな顔させるなんで大空はカメラの中にいた子が相当好きなんだねと言われ、樹のことが親友としてではなく好きなことをやっと気が付き確信したのだ。 「うっせ。もうソレの話はいいだろ!誰でもお前にはかんけーない」 「はぁ?かんけーなくねぇだろ!あんなエロい顔、他のだれかに見せやがって……オレの大空なのに……」 樹がむくれた顔をしてそんなこと言うなんてすこし驚いた。いつも騒がしい樹が静かになりすこし半笑いで怒りを圧し殺している時はものすごく怒っている証拠だ。 「……おまえだ」 「え?なにが?」 「おまえが、カメラの中にいたんだ」 「……うそだ」 「おまえがさせたエロい顔だから俺は悪くねぇ。おまえが悪い」 「だってこの頃まだオレ達……そゆこと……してな……い」 「俺には…お前だけだ」 「……っ」 樹が、ちょっとまって反則、わかったからもう言うなと、手のひらで制してきた。おまえが聞いてきたんだろと突っ込むと、みるみる耳から首あたりが真っ赤になる。 「……なぁ、コレさ、オレの為に出したんだろ?」 「はぁ?な……なな……なんでその話を!」 「これ、美紅社長にもらったし。どこ探しても手に入れられなかったから……事務所に電話したら取りにこいっていうから……その時聞いた。色々な色々。あ、オレも事務所入ることにしたから」 「はぁぁぁあ?ちょっ、俺が出した条件どこいった!?」 「あー……社長サンからは誘われてないよ。自分から入りたいって言った。てかさ、言っとくけど、お前の近くにいないと心配でしよーがないの。大空がオレのこと心配なように、オレも大空のことすっごい心配なの。お前狙ってるヤツいっぱいいるとか聞いて心配でさ、眠れないわ」 やられた。ぜんぶ社長の仕業だ。ふたりが愛し合っていることを見抜いたのだ。社長の一人勝ちだ。 「社長サンから伝言、あなたたちふたりの写真集出す予定だから近いうち、ふたりで事務所に来てだって」 一波乱ありそうな伝言に、大空は大きくため息をついた。こうなったら、とことん付き合い、稼いでなにも言えなくしてやるしかない。ふらりと静かに立ち上がった大空を下から、わんこみたいに覗いてくる樹の髪をわしゃわしゃかき混ぜてやり、行くぞと声を掛け、敵城へ足を向けた。 おしまい。

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