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1章 第1話

――PiPiPiPi… すぐ近くで機械的なアラーム音が響く。その出どころを探るように手をもぞもぞと動かした俺は何とかベッドサイドに置かれたケータイを掴んだ。 「……ねむ」 くぁ、と欠伸と共に伸びをするとボリボリと赤い髪を掻く。 時刻を見れば午前5時。いつもと同じ時間だ。 「……おーし、やるかぁ」 寝起きがいいのですぐさま覚醒するとそのままベッドから降りて軽くストレッチをする。 それが終わると適当なジャージに着替え、家の周りをランニングするのが俺の日課だ。 休日ならば一時間程走るところだが、今日は学校があるので30分程で終える。 一時帰宅しシャワーを浴びればちょうど母親から朝食の声がかかった。 リビングに降りると母親は既に食事を始めていた。 「おはよう」 「はよーさん。アカリは?」 妹の姿がなく気になって母に尋ねる。いつもなら朝練があるからと同じ時間に起きているはずだがその姿がどこにも無い。 今日休み、ってことはないよなぁ。 「まだ寝てるわよー。今日は朝練ないんですって」 「そっか」 妹アカリは中学二年生という反抗期真っ只中なので顔を合わせれば文句が飛んでくる。どうにも兄の存在が気に入らないらしい。 うるさい妹だが、いないといないで少し味気ない。 そんな風に思いながら母の作った食事にありつく。今日は和食のようだ。山のように乗ったししゃもとだし巻き卵と大根の煮物。それからほうれん草のお浸しだった。 今日はいつもより品数が多いので多分母は休みなのだろう。週末以外にもたまにこうして休みが入るので息子の俺でも全ては把握していない。毎朝こうしておかずが増えた時に察するくらいだ。 すぐ目の前の味噌汁からはワカメの良い香りがする。 うん、うめぇ。 タイガが夢中になってそれに文字通り食いついていると先に食べ終えた母は思い出したように立ち上がった。 「タイガ、ユキオ君家行くならこれも渡してきてね」 タッパーに入ったそれは何かと覗き込めば、渡されたのは煮物だった。どうやら今食べているものと同じものらしい。 よく隣同士こうして食べ物のやりとりをするが大抵はタイガとユキオの間で行われている。 たまにユキオの姉であるハルコさんともやり取りするようだが、こちらの方が早いからと朝に関しては俺の担当だった。 「はいはーい。持ってくよー」 昨日の唐揚げのお礼かなと勝手にあたりをつけて適当に頷いた。 ご飯を食べ、支度を済ませた俺が向かう先は学校ではなく隣の家である。 正面にはベーカリーフジサキの看板が大きく出ていた。ユキオの祖父母が経営するパン屋だ。 彼の家は祖父母と姉のハルコさんとユキオ、そして遠い親戚だというモミジが一緒に住んでいる少し変わった家だ。 パン屋に入ると件のハルコさんが顔を出した。 淡く紫がかった髪は長く後ろで三つ編みにされている。ユキオとは真逆のやや垂れ気味の瞳は菫色だ。その瞳を細めてハルコさんは穏やかに笑う。 「あら、タイガ君おはよう」 ユキオとハルコさんは10才以上も年が離れている。 俺達が物心ついた時には既にここで店番の為に立っているのを見かけていた記憶があった。 それこそ中学に入ってすぐの時からここの手伝いをしているらしい。 「はざっす!ハルコさん、これ母ちゃんから」 「あらまぁ、いつもありがとうね」 「こっちこそ、昨日の唐揚げ美味かった!」 「うふふ、良かったわ。あ、ユキオを起こしたらタイガ君もご飯食べてってね」 いっぱい作っといたから、と朗らかに笑うのでハルコさんにまた頭を下げた。 ついさっき朝食を食べたばかりだが勿論断らない。体格がいいのですぐお腹が空くのだ。今のうちに食い溜めしておかないと正直昼までもたない。 そこからは勝手知ったる何とやら。お店の方から中を通って家へと上り込むとユキオの部屋へと向かった。 ユキオの部屋は二階の奥だ。 「開けるぞー」 口だけの断りを入れると返事も聞かずに扉を開ける。 どうせユキオは起きちゃいない。彼は言動こそ見目にそぐわぬ塩対応だが、朝は見た目通りの低血圧なのだ。 放っておけば確実に起きてこないのでこうして迎えに行くのも日課の一つになっていた。 「おーいユキオー」 ベッドを見れば彼の銀に近い白の髪が微動だにせずそこにあった。手の位置からして起きようとはしたのか、うつ伏せのままうずくまり力尽きている。 布団から伸びる手足はすらりと長く、肌は滑らかな陶磁器色だ。 日焼け出来ない体質故、真っ白な肌は布団の白と相まって一層白く見えた。 そんな中、唯一唇だけがほんのりと薄ピンクに色付いている。 今は寝息を立てているせいか半開きになっていた。 「うぐ……っ、」 寝ているだけだと言うのに妙に色づいて見えるのだから困ったものだ。

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