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第1話

「俺には……お前だけだ」  テレビに映る美しい男が、そう言った。それを観ていた保はソファ膝をかかえ、ほうっとため息をつく。  まずリアタイして、録画した分をまた観て、今で三度目だが、何度観てもいい。  ストーリーは王道な恋愛ドラマだが、王道だからこそ、ちょうど欲しいタイミングで欲しい球がとんでくる。  若者のテレビ離れがさけばれている昨今、視聴率が初回から二桁、回数を重ねるごとに右肩上がりになり、このままいけば来週の最終回は二十パー超えの可能性もある。  愛をささやいた主演俳優、隼人の活躍が、保には自分のことのように誇らしい。  隼人の芸歴は、子役からスタートした。二十五歳にして芸歴二十年。デビュー当時は、ぽっちゃり体形で、CMソングがヒットしたことで「国民的孫」とまで呼ばれた時期もあったから、成長期のダイエットや年相応の役をもらうまでの苦労も知っている。  今では二十代女子の人気ナンバー1俳優とはいえ、隼人と保は幼馴染。親同士が仲がよく、昔は本の読み合わせの相手もした。  次回予告まで観ると、もう一度、はじめから観ようとリモコンに手をのばせば、横からのびた手がリモコンを取り上げた。 「本人を前にして、よく何度も観ようとするよね」  テレビ越しじゃない現実の隼人が言った。さすがに四度めともなれば、あきれている。  ここは、彼のマンションで、彼のリビングで、彼が選んだ三人掛けソファだ。  放送日の夜は、隼人のマンションの大きなテレビでドラマを観るのがふたりの習慣。初回放送の夜、隼人が「緊張する、ひとりでいられない」と頼んできたことから始まった。  有名になった今でも、一般人との付き合いを大切にするのは、芸能界の酸いも甘いも経験したからだろう。 「何度観たっておもしろいんだから、いいだろ。繰り返し観ることで、背景のアイテムのこまやかな演出に気づいて、より世界観を楽しんでいるんだから。むしろ喜べよ。幼馴染が一ファンになるぐらい、愛されるドラマに出てるって」 「そりゃありがたいけど、ドラマ以外のことだって話したいじゃん」 「今はそんな余裕ない」 「ないの?」 「このドラマのこと話せる友達、隼人しかいない」 「会社の人は? それなりに視聴率はいいはずだよ」 「そりゃ、女子社員さんは観てるよ。休憩時間に食堂で盛り上がっているのが聞こえてくるし。でも、僕がまざるわけにもいかないじゃん」 「なんで?」 「地味な眼鏡男子が、イケメン俳優にキャーキャー言ったら、おかしいよ」 「そう? 俺は言ってほしいけど」  隼人は茶化すでもなく、真顔で首をかしげる。じっと見つめてくる顔は、先ほどテレビに映った告白モードの顔だ。 「隼人っ。それ、ずるい!」 「なにがずるいの?」 「わかってんだろ、役の顔すんな。ドキドキしちゃうだろ!」  目の前にいるのは幼馴染の隼人だ。初恋相手のことも、お互いの歴代彼女も知っている。  誰かに恋してる顔は、隣で見てきたけど、でも恋している顔を向けられたことなんて、ない。熱っぽい瞳をそそがれると、肌があわだち、耳が彼の声を拾うだけの器官になりさがる。 「保、顔が赤くなってる」  隼人の長い指の背が、保の額に触れ、それから頭をなでていく。 「そんなにドラマの俺、好き?」 「……」  妙にのどがかわく。甘ったるい炭酸を飲まなきゃよかった。  保はとっさに否定も肯定もできないでいると、隼人がソファに片膝をついて、逃げ道をふさぐように覆いかぶさる。これじゃあ、まるで、四話でキスを迫られたヒロインと同じだ。 「や、やめろ」  後ずさりながら保が言えば、隼人はいじわるにほほ笑んだ。 「本当に嫌だと思ってる?」  セリフまでドラマとおんなじだ。  でもドラマだったら、キスはされない。隼人が寸止めして「期待した?」と言ったから、SNSで『隼人のS顔最高!』とさわがれた。  だから、顔が近づいてきても、どこか落ち着いてきた。数センチ、息がふれる距離になっても。しかし、予想外に唇同士が触れ合った。保はびっくりしたが、顔がいのちの芸能人を突き飛ばせないし、……それに、嫌じゃない。  下唇を舌でなめられ、ちゅ、と軽くリップ音をたてて隼人がやっと離れた。  鼻先には、彼が飲んでいたビールの香りが残った。 「四話じゃキスは、しなかった」  保が文句を言えば、隼人は笑った。役柄の顔じゃなく、幼馴染の顔で。 「テレビごしに会うより、ホンモノのほうがいいだろ?」

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