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せめて 抱きしめて〜転〜 26
「でも・・・」
「そこで立ってると目立つから」
「あ・・はい」
ボクは田中さんの後に大人しくついて行った。
柔道場の裏手に更衣室があり、ボクはあまり出入りしていない。
何となく空を見上げる。
青くて、透き通った、秋の空。
白い雲が点々と連なっている。
綺麗だな・・・と単純に思った。
これが空が綺麗だと思った、最後だった。
田中さんに置いて行かれないように、小走りで追いかける。
更衣室に直接入れるドアがあり、田中さんはドアを開けると、ボクを振り返って、
「どうぞ」
と体を避けた。
ボクは何となくお辞儀をしながらゆっくりとドアを潜る。
潜った瞬間に、後ろから凄い力で背中を押された。
「・・・っひゃ!」
短い悲鳴を上げて、ボクは前につんのめって、床に転んでしまった。
「いた・・・」
手をついたので手のひらをぶつけたし、膝も少し打って痛い。
血は出てないと思うけど、痛みでしばらく動けなかった。
四つん這いの状態で動けないでいると、いきなり髪を掴んで上に引っ張られた。
「痛い・・!」
見ると同じく柔道部員の人だった。
「思った通り、部長の名前だしたらほいほいついて来たぜ」
「本当にバカだな」
後ろから複数の声がする。
髪を掴まれているから頭を動かせないけど、少なくとも3人いることがわかった。
そして、剛さんがここにはいないことも、わかった。
「・・・放して・・・痛い・・・」
ボクは片手で、髪を掴んでいる手を外そうと手を伸ばした。
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