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番外編、大雅の物語

 美味しそうなケーキを買ったから。  毎回そんな口実を疑いもせず、車でやって来てくれる彼が大雅は好きだった。  人付き合いが苦手で、一度も友達が出来たことがなかったこれまでの十八年間。話しかけられても言葉が上手く出ず、目が合わせられなかった。だからますます孤立して、誰からも相手にされなくなった。  居場所がない。居たくない。学校にも、自分を理解してくれない家族達の元にも。  誰も理解してくれないなら、とことんまで理解されたくない。自分を貶めるためではなく世間からの脱出のつもりで、大雅はゲイ用AVメーカー「インヘル」のモデル募集広告に応募した。  待っていたのは今までにない世界だった。こちらが何も言わずとも丁寧に全てを説明してくれて、何も言葉が出なくてもそこにいた彼らは皆、大雅に優しくしてくれた。  友達がいなくても、人見知りでも上手く笑えなくても、そんなものはここでは関係なかった。黙っている時の容姿を褒められると赤くなってしまうが、逆にそれがいいと言ってくれる人もいた。  仕事内容も、腹を括って挑めば大したことはなかった。初めてのセックスも不思議と大雅を安心させた。誰かとこんなふうに触れ合うなんて、今まで一度もなかったからだ。  それに―― 「今回の新人は偉く綺麗な少年だな。美しすぎて目が眩んでしまいそうだ」 「………」  恥ずかしげもなくそんなことを言われて、大雅は何も言い返せなかった。ただ顔が熱くて、体はもっと熱くて、……人生僅か二度目のセックスで、大雅はその悦びを知ることとなった。 「お疲れ、大雅。いつも悪いな」 「……別に。たまたま間違えて、余計に買っただけだから……」  下手な嘘もこれで何度目だろう。だけど目の前でコートを脱ぐ竜介は、そんな大雅の嘘も見抜けない……いや、見抜いてくれない。 「意外とおっちょこちょいなんだよな。まあ俺はデザートにありつけて助かるが」  食後のデザートを一時間かけて食べに来る竜介は、今の仕事の先輩だ。誰にでも優しくいつも笑っていて、見た目に似合わず甘いものが好きで、来月二十三歳になる男。  竜介は大雅の先輩であり兄であり親友であり、また唯一の理解者でもあった。 「おお、美味そうなシフォンケーキだ。この時間に生クリームは堪らない贅沢だな」 「俺はもう食べたから。竜介、どうぞ」 「悪いな」  こんなの、明日仕事で会った時に渡せば済む話だ。  それに、竜介の自宅から大雅のマンションまではそれほど離れていないとはいえ、わざわざ夜中に呼び出してまで食べさせるべきというほど美味いものでもない。  ただ、大雅は竜介に会いたかった。「仕事」の日は特に会いたかった。  自分でもどうしてこんな気持ちになるのか分からない。ただ会いたくて、その顔を見たくて、……抱いてもらいたかった。

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