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Signal

「うぁ、サイアクっ!  雨降ってるじゃんかっ!」 学校の乗降口を出た所で、(あきら)が唇を少し尖らせ、言った。 僕はいつもは大人っぽい雰囲気の彼の、そんな子供みたいな表情につい吹き出し、笑いながら答えた。 「...そんなにカリカリ、しなくても。  雨が降らなきゃ、作物だって実らないんだよ?」 そんな事は知ってる。分かってる。 ...とでも、思っているんだろうな。 ますます彰の唇は尖り、もはやそれは鳥の(くちばし)みたいだ。 「...(すばる)は雨、好きなのかよ?」 不機嫌な様子を隠す事なく、彼が聞いた。 うーん...、どうだろう。 好きか、と聞かれると、そういう訳でもない気がする。 でも雨の日は、せっかちな彰の歩くスピードが、少しだけゆっくりしたモノに変わる。 だからいつもよりもほんの少しだけだけど、彼と一緒に居られる時間が長くなる。 ...だから。 「嫌いじゃない...、かな。」 その曖昧な返答に彰はますます機嫌を悪くしたのか、眉間にシワを寄せた。 でもそんな仕草を見せてくれるのも、僕に対してだけで。 大抵の人間に対して彼は、当たり障りのない反応を返し、素を見せる事は少ない。 それを知っているからそんな仏頂面すらも嬉しくて、つい頬の筋肉が緩んだ。 その瞬間、彼は何故か僕の顔から視線をそらし、小さな溜め息を吐き出した。 「...なら、俺の事は好き?」 雨音に紛れるみたいに、小さな...本当に小さな声で、彰がそう呟いた気がした。 聞き間違い...だよな。 だって彰は僕と違って、ノーマルだもん。 超絶美人な彼女がつい最近までいたのだって、僕は知ってる。 たぶんこれは、僕の妄想から生じた幻聴。 ...じゃないとこんな都合の良すぎる言葉、僕に向けられるはずが無い。 現に彰はいつものように、他愛もない話を再開させ、そして僕だっていつもみたいに笑って、彼の話に耳を傾けてる。 はは...、ヤバ。 ...幻聴とか、重症過ぎてウケる。 いつも僕達が別れる、交差点。 雨の日はアスファルトがキラキラと輝いて、まるで宝石箱をひっくり返したみたいだと言うと、彰はプッと吹き出した。 信号機は既に何度もその色を変えていると言うのに、今日もなんとなく勿体無くて、中々別れの挨拶が切り出せない僕。 ...でもさっきからずっと、彰は別れの言葉を口にするタイミングをはかってる。 それがわかっているから、名残惜しい気持ちを隠したまま、僕は今日も笑顔で言うんだ。 「じゃあ、また明日っ!」 すると彰は、なんだか少しホッとしたように笑った。 ...ムカつく。 なんでいっつも、僕ばっかりが彼に振り回されないといけないんだよ? 少しくらい、彰も僕に心乱されてよ? やっぱもう、無理。...限界。 「...(あきら)の事は、好きだよ。  大好きっ!!」 その言葉に彼は無言になり、そしてそのまま無表情になり...フリーズした。 ...完全に終わったな、これ。 でも、いい。もう、知らない。 ...どの道こんな嘘の関係(トモダチごっこ)、これ以上僕には続けられない。 逃げるみたいに、その場から駆け出した。 バシャバシャと、水が跳ねる。 (せわ)しなく点滅し始めていた信号機の色が、赤に変わった。 なのに雨水の跳ねる音は僕の足元からだけじゃなく、すぐに後ろからも生まれて。 それはすごいスピードで僕の事を追い掛けてきて...あっという間に、追い越した。 透明のチープなビニール傘が、空に舞う。 腕を掴まれ、力一杯抱き締められているのだと気付いたその瞬間、車のクラクションが鳴り響いた。 その音に我にかえったのか、真っ赤な顔で彼は、僕の体を解放した。 ...手は強くしっかりと、掴まれたままだったけれど。 冷静で、カッコよくて、いつも皆の輪の中心にいる彰。 でもその彼が今はぜぇぜぇと息を切らせ、肩で息をしながら、止めてしまった車達に向かいペコペコとお辞儀をしている。 ...こんなの、最高にカッコ悪い。 「何やってんの?  ...馬鹿じゃないの。」 「自分でも、そう思う。  ...でも俺も、好きなんだ。」 気付くといつのまにか、さっきまで赤く光っていた信号機の色が、また青に変わっていた。 それは僕と彼の、これからの未来を暗示しているようで。 無言のまま彼の手を、そっと握り返した。     【...fin】

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