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ボーイズラブ・オブ・ザ・デッド

「くそ!学校がゾンビに占拠されるなんて!」  生徒会長の飯田が吐き捨てるように言った。 「し、黙って」  それをバレー部の部長の川村がたしなめる。  町にゾンビが現れたと報が入ったのは午前中のことだった。  昼過ぎにはゾンビは校内に侵入し、待機を命じられていた生徒たちを瞬く間に食い尽くした。  食われた生徒はまたゾンビになり、今まで親しかった友人たちの肉を求めるようになっていった。  あと一時間ほどで日が落ちる。  わずかに助かった十数人は体育館の舞台下に隠れていたが、見つかるのも時間の問題だ。 「日暮れ前に脱出しないとまずいな……なにか、脱出する方法はないか、なにか……」  飯田が早口で呟いていると、川村が突然小さく叫んだ。 「車、マイクロバスがあれば逃げられるかも」 「鍵はあるのかよ」 「確か、職員室のキーボックスにバスの鍵が入ってたはず。大会に行くとき、先生がそこから鍵持ってきてたから」 「運転は?」 「私、夏休みに免許取ってる」 「……無いよりましか」 「よし、俺がとってくる」  飯田と川村の間に和樹が割って入った。川村が和樹の顔を見てうなずいた。 「私も行く。飯田くんは下級生をマイクロバスまで誘導して」 「わかった。駐車場だな」  飯田の顔も落ち着いて引き締まってきた。 「十分で行く、十分待っても俺たちが駐車場に現れなかったら……」 「ああ、わかってる。先に行くさ」  三人は円を組み、真ん中に手を差し出した。全員手が震えていた。 「いくぞ!」  行動開始だ。  和樹と川村は校舎の中を用心深く進み、職員室にたどりついた。職員室の中は幸い何も居なかった。 「確か、このあたりにキーボックスがあって……あれ?扉が、開いてる」  壁に取り付けられたキーボックスの扉はぶらんとだらしなく開いていた。  川村の顔から血の気が失せていく。 「そんな……鍵がない」 「鍵がない?」 「もしかしたら……先生……逃げたのかも」  それは十分考えられる。ゾンビの襲撃があってから、人間の教師は見かけなかった。 「俺たち、見捨てられたのかよ!」 「もう仕方がないよ、飯田くんたちと合流して、自力で逃げるしかない……」  焦りが注意力を奪ったのか、川村は職員室の扉をなんの躊躇もなく開けてしまった。  扉が開くと、そこにはゾンビが立っていた。 「筒井……?筒井良太?」  和樹と同じクラスの良太がどす黒い顔色で額から血を流しながら、ふらりふらりと近寄ってくる。  もはや理性は感じられなかった。 「川村!逃げろ!」  良太は川村の目の前にいる。逃げろ、と叫んでももう間に合わないことはわかっていた。凄惨な場面を反射的に避けて目をつむった。 「本郷くんも逃げて!」  意外なことに、川村の声が遠ざかっていく、目をあけると良太はゆらゆらとだが、まっすぐに和樹の方へと向かってきていた。  和樹は椅子を振り上げて投げつけようとした。しかし気力のない目を空にさまよわせる良太に、どうしても投げつけることができなかった。 「ちくしょう!」  椅子を放り出した和樹は、職員室の窓から飛び降りて、集合場所の駐車場に向かった。  駐車場にはまだゾンビは現れていなかった。飯田と下級生たちが不安そうに寄り集まっている。先に行った川村も肩で息をしながらも、たどりついていた。  和樹を認めた飯田の目は暗かった。下級生の中には涙ぐんでいるものもいる。 「車が、ないんだ。一台もない」 「鍵もなかったぜ」 「くそ、やられたな。教室棟が襲われてる間に、先生たちは逃げたんだ」  腸が煮えくり返るが、車はもう諦めざるをえない。  下級生の間からひっと叫び声が上がった。  良太が、和樹の後を追うように現れた。 「もうだめ、私帰る!」 「もうだめだ……もうだめだ!」  口々に絶望の声を発し、パニックになった皆はてんでバラバラに逃げ出した。  和樹も逃げるしかなかった。方向など気にしている間もない。どこまでゾンビ渦が広がっているかわからないが、とにかくこの町を出ようと町外れへ走った。  町外れの国道は一本道で周囲はだだっぴろい田園地帯だ。傾き始めた陽の中で、早春の風にレンゲが揺れている。  実に長閑な光景だ、ゾンビに追われていなければ。  和樹が振り返ると、ゆらり、ゆらりと良太が追ってくる。 「なんで、俺なんだ。川村でもなく、あれだけいた他の人間でなく、なんで俺なんだよ」  理不尽さを感じる中で、ふっと良太との思い出が甦った。  良太とは同じクラスではあったが友達というほど仲が良いわけではなかった。  数えるほどしか話したことはないが、存在は意識していた。  良太は和樹をよく見ていた。時に強すぎる視線ではあったが、そんなに嫌な気はしなかった。和樹はなんだかくすぐったいような気分になって、良太に笑いかける。すると良太はすぐに目をそらしてしまうのだ。  和樹の胸にずきりと痛みが走った。  去年のクリスマスに、思いかげず良太から贈り物をもらった。  本屋を出たところでばったり出会った良太は和樹との遭遇にそわそわと目を泳がせていたが、つっけんどんにラッピングされた小箱を差し出した。 「景品があたったんだけど、いらないから、やるよ」  クリスマス柄の包装紙できれいにラッピングされ、リボンまでかけられた包みはどう考えても景品といった軽々しいものではなかったが、良太はぐいっと和樹に押しつけて立ち去ろうとする。 「ちょっと待てよ」  和樹はリュックサックの中をごそごそと探った。 「なんか、返すもんがないかと思ったけどこんなもんしかねーわ」  和樹は苦笑しながら封の開いた箱からチョコレートの小袋を取り出した。  良太は少し頬を染めながら、 「それでいい」 とつぶやいた。 「いいのか?」 「ああ、それが、いい」  良太のあまりに真剣な瞳に和樹はまごついてしまったが、胸の中には妙に甘ったるい気分があった。  家に帰って包みをあけると、ちょっとだけ高そうなシャープペンが入っていた。  和樹がそれを学校で使うと、良太が見つめてくる。以前より柔らかい視線で、時に微笑みすら浮かべて。  それが、今は食う、食われるだ。 「……あいつ、俺を食いたいのかな」  ぞくりと背中にふるえが走った。  良太からは好意を感じるものの、それ以上の行動はなく、和樹も積極的に関わることは控えていた。  なんとなく、良太がそれを望んでいない気がしたからだ。  ゾンビになって、理性がなくなった良太が、世間体などかなぐり捨てて自分を求めてくる。 「待てよ!あいつ男だぞ、ていうかゾンビだぞ。なにドキドキしてるんだよ!」  国道は坂道にさしかかってきた。坂の頂点で振り返ると、ゾンビたちが統制もなく町から零れ落ちるように広がっているのが強い西日に照らされて見えた。  このままでは、良太に食われずとも、別のゾンビに食われることは間違いない。  和樹はくるりと反転し、良太に向かっていった。良太の目はやはり死人の目で感情は全く感じない。和樹を目の前にして良太は大きく腕を広げた。和樹を捕まえたいのか、抱きしめたいのかわからないが、和樹にとってはもうどちらでもよかった。 「食べろよ。良太」  和樹は良太の胸に飛び込んだ。抱きつくと腐った皮膚がずるりとむけて指先にまとわりついた。  良太の牙が和樹の首元に食い込む。鮮血の臭いと肉を食いちぎるぐちゃりとした音が辺り一面に広がった。 「これで、ずっと……一緒だ」  痛みよりも苦しみよりも、喜びの方が勝った。  和樹の意識から理性が次第に薄れていった。 「……お前が、欲しい」  和樹だったものが、良太だったものの喉笛に噛みついた。

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